翠煙のハルケギニア
――あの空を覚えている。
御伽噺のシャドウ・ビルダーのような、あの黒い巨大な影が崩れ落ち。
満ち満ちていた深緑色の永遠霧が晴れて。
彼の巨人が、最期。求めるように伸ばした、その腕の先、その狭間から。
掻き分けられた黒く汚れた雲と空、その向こうから見える、ああ、あの色は――?
燃える炎のような、熱い血潮のような、赫炎の、あの光――!
そして……そして、あれは?
赫炎の……そう、あれは太陽だ。その太陽の浮かぶ、あの美しい……澄み渡った、サファイアのような……ああ、あの空は!
そうだ、あれは、あれこそは……かつて空を満たし、既に失われて久しい、そう……。
――青空……。
誰も彼もが目を奪われ、誰も彼もが涙しただろう。
いと高きところにありて輝ける、「うつくしいもの」……。
――「青空」と、「太陽」……。
絶望の泥をその炎で焼き焦がし、その美しさで浄化せしめた、解放の日。
その日から、この胸に宿る想いがある。
恐怖と絶望とを拭い去った、あのうつくしいもの。それを、もう一度……この眼で、この肌で感じたい……!
この眼は、敬愛する【黒猫】のような、全てを見通すような黄金瞳ではないけれど。
この肌は、四肢のそれは黒い毛皮に覆われ、人のソレとは全く違っているけれど。
閉鎖都市、異形都市インガノック。そこは既に解放されている。この胸のうち、心も、解放されている。
この思いを、この歩みを。留めるものは何もない。
彼の二つの輝きを灯火に、俺は歩く。
ただ一人だけで――。