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雨と陽光と鉄線と

「……よし、出来た」

 そう言って、少女は書き上げた願書を満足げに眺めた。歳のわりにこういった文章を書くのに慣れているとはいえ、緊張するものは緊張するのだ。

「……ん? 出来たのかい?」
「もうか? 随分速いじゃねえか」

 ぐぅ〜、と少女が凝り固まった背中を猫のように伸ばしていると、その挙動に気付いた二人の青年が声を掛けつつ近寄ってくる。

 一人は縁無しの眼鏡をかけた、やや細身の少年。年の頃は少女より二、三歳上といったところか。顔かたちからして少女の血縁であると思われる。

 もう一人は、どこか異国の血が混ざっているのだろうか、やや日本人離れした顔かたち。鈍色の髪も日本人離れしている。やや粗野な口調だが、乱暴さよりも人懐っこさを感じさせる。年の頃は、他の二人よりも年上だろう。

「ああ。書き直ししないで済んだぜ」
「ほお、凄いじゃないか。俺なんか絶対一回は書き直す羽目になるってのに」
「そこはそれ、僕の妹だからね」
「言うじゃねえのよ、このシスコン野郎が」
「あ〜、どうでもいいけど。これ提出するんだろ? さっさと受け取ってくれよ」

 いつものように口喧嘩という名のじゃれ合いを始めた二人に呆れたような視線を向けつつ、ひらひらと願書を見せ付ける。そのぞんざいな扱いからして、少女は華の中学生活に胸ときめかせているわけではないらしい。

「やっぱり、気は進まんか?」

 鈍色の髪の青年が、願書を受け取りながら尋ねる。青年は少女の上役に当たるらしい。

「そりゃそうだろ、あんな事があって、こんな事になる原因なんだ。オシゴトじゃなけりゃやってられないぜ」
「僕も同感だね。誰が好き好んであんな伏魔殿に行くものか」

 兄妹はそろって苦い顔をする。どうやら、兄妹にとってオシゴト先は気が進まない場所らしい。

「……でも、行かなきゃならない場所でもある、んだよなぁ」
「それも同感」
「わかってんなら構わんさ。仕事である以上、最善を尽くすぞ。奴らの身勝手を許すな」
「……半分あっち側の僕には耳が痛いね。幾ら妹を苦しめた物を知るためとはいえ……。手にしてみると、身近にしてみると……本当に滅茶苦茶なものだよ」
「兄貴は……違うだろ。私のために学んで、それを好き勝手に使うようなまねはしてないからな」
「クク、仲のいい事で。……だがそのとおりだ。お前には分別がある。線引きが出来ている。何よりも、明確に君はこちら側に所属している。お前が気にする事じゃないさ」
「……そうだね。詮無い事を言った」

 

 三人は立ち上がる。おもむろに少女が右手を差し出し、意図を察した少年がにこりと笑いながらそれに自分の手を重ね。

「……やれやれ」

 苦笑しながら、願書を自身のデスクにしまった青年が更に手を重ねた。
 三人の手が重なる。

「歳若いお前たちにまで手数を掛けるのは心苦しい。だが、出来るのは俺たちだけだ」
「ああ。私みたいな思いをする子を、少しでも減らすため……」
「僕ら兄妹みたいな目に合う子を、少しでも減らすため……」

 

 ――雨と陽光の力もて、鉄の茨を咲かせに行こう。

 

 

 青年のデスクの上。少女の書いた願書がある。
 それには、麻帆良学園本校女子中等学校入学願書と書かれていた。

 

 氏名 長谷川千雨
 生年月日 平成元年2
 現住所 東京都新宿区市谷○○町○‐○‐○

 学歴
 平成 7 4 麻帆良学園本校女子小等学校 入学
 平成10 9 麻帆良学園本校女子小等学校 転出
 平成1010 ○○学院付属小学校 転入
 平成13 3 ○○学院付属小学校 卒業

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