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- ワールドリーダー 第二十三話 -



ワールドリーダー第二十三話


 そして彼は伝説になった。
 身を賭して異端者たちを救った救世主。祭り上げられて信仰の対象になっていく。異端者たちは危機が去った世界へ散り散りに広がって、彼の神話も世界中へ。

 では、伝説となった彼は?

 英雄へと祭り上げられた存在は、人間とは一線を画する存在。元より遥か高みにあるモノたちではあったけれど、彼はそこから更に外れた存在へと落ちていた。

 即ち、到る導など何もない、何処とも知れぬ世界の中。そんな最果てに、弾け飛んだ拍子に名前も記憶も失った状態で。

 そこでも彼は、ある種の伝説となる。

 曰く、歴史の彼方から居続けるモノ。
 曰く、無限の図書館で本を読み続けるナニカ。
 曰く、既に失われた幻の傷に嘆き続けるソレ。
 曰く、その幻傷を埋めるための術を求め、本を読み続けるという現象と化した存在。

 名もなく確たる個もなく、何故ソレを為すのか、動機さえ既に遠く。
 それでもおぼろげに残る、かつての自身の志向或いは指向に従って。
 足りない何かを求めて、よんで、よんで、よんで。



 答えがあったのは、文明の波が伝説を押し流して久しい頃。

 幻想が生きていた時代は既に遠く。この世界で存在を認識されてから優に千年を経て、なおあり続けるという正しく常識外の存在である彼も、幻へと葬り去られ。
 彼を知る者は既になく、そこに在る事を信じる者も消えて久しく。

 彼自身を除き、彼がそこに在る事を誰も知らず、誰も彼を見ず。そして彼自身、自分が何者であるのかを殆ど知りえない。
 そこに在る事を誰も知らないのなら、存在しないのと同じ事。
 時を経るにつれて存在はおぼろげに。
 知る者もなく意味もなく。己が無為さに泣く彼。



「ふぅん……なんかコイツ面白そうじゃない」

 不遜な態度で、睥睨するような声で。
 その女が現れたのはそんな時。
 
 彼は戸惑った。それはそうだろう、もうン千年も会話というものをしていないし、ついでに言えば声だって出していない。なにより人と会った事さえ絶えて久しかったのだから。
 しかし『彼女』はそんな混乱など露知らず、知っていたとしても気にもせず。

「ん〜、ん〜ん〜ん〜。いよっし! 君に決めたっ!」

 その言葉を理解するより、というか鼓膜を揺さぶり脳に伝達されたかどうかというタイミングで、

「いけっ! ハイパーボール!」

 彼は問答無用でゲットされた。自我がはっきりしていたら、きっと何故マスターじゃないのかと複雑な気持ちになっただろうが、ソレはさておき。



 眼前に広がるのは無限或いは夢幻。とても見通せぬ広大な空間。
 それまで幾星霜の年月を彼が過ごした空間とは、比べるのもおこがましい。
 それほどにかけ離れた空間、激変した環境。
 
 世界を渡るという事は、実のところ非常に困難な行為である。超越者たる「読者」達は平然と行っているが、身体はもちろん精神への負担も計り知れない。
 単に知らない土地に行くのとはわけが違う。文化、想念、世界に満ちる概念、魂に刻まれる根源の記憶。
 それら全ての違和感、疎外感が、お前は異物だと責め立て、排除しようとしてくる。
 普通の人間が普通に旅行に行くだけでも調子を崩す事は間々ある事だというのに、千年万年モノの引き篭もりを、上位世界(しかもソレまで自分がいた世界が、そこでは物語に過ぎない!)なんてところに、有無も言わさず引きずり出して、しかもその引き篭もりがアイデンティティに揺らぎを抱えていたとしたらどうなるだろう?


「うあ、あぁぁぁあぅあ、ぅぅううっぅぅううううううううぁああああああああっ!!!!!!」


 彼は発狂した。擦り切れていた理性が完全に千切れ、獣のように吼えて暴れて。

「あ"! がぁ嗚呼あああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」
「そんなバカな! なんでそんな力――」

 余計な理性が吹き飛んで、まっさらな状態に戻ったからか。暴発的に発言したリーダオーとしての力は、『彼女』を。


 血の海で一人。寄る辺もない世界で独り。
 白痴のようにたたずむ彼。

 体はおろか、心、思考でさえ微動だにせず。

 それは、久方ぶりの安寧とも言えた。求める事も忘れ、何をなくしたかも忘れ。
 全くの凪。あるいは、ソレが必要だったのかもしれない。今なら笑ってそんな事も言える。

 だってそうだろう?
 俺達は、無限に重なる層状世界の住人。物語の登場人物。

 なら、どんな困難があっても、どんな離別があっても。


 それこそ物語のように。


 俺達は、きっと出会えるんだから。





「今、俺たちがこうしているようにな。そうだろう、――?」
「………………………こんな、こんな、事、って」



「あるんだよ。なんせ俺らは俺らの物語のヒーローとヒロインなんだから」








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