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- ワールドリーダー 第二十二話 -



ワールドリーダー第二十二話


 そこは鬱蒼と茂る大森林。幾重にも重なる葉は光を遮り、網目のように入り組む枝はあらゆる者の行く手を阻む。空間に満ちる乳白色の霧は、誰何の声すら通さない。
 ただそこにあるだけで何者をも拒み退けるかのようなその森に、彼はいた。
 普段は本に囲まれてばかりいるだけに、こういった空間はいちいち珍しく感じられる。ここのところ、文明が発達し、かつ雑多な人々の渦中を舞台にした世界にばかり入っていた事も手伝えば、珍しさも一入である。

 初めて入ったこの世界は、異能、異端といった存在が迫害されているらしく。異能者たちはこの森の中に隠れ住んでいるという。
 つまり、この世界にとっての外来者、転じて異端である存在も、その「設定」に沿ってここに集まって来る事になるだろう。そう考えて、彼はもう既にかなり前からこの世界、この森に留まっている。
 目的はただ一つ。後を追ってこの世界にやってくるだろう彼女と会うために。

 相手と連絡の取り様がない彼が。素の自分がいる世界で会う事を恐れた彼が。連絡が取れたとて、自ら声を掛ける勇気を持てなかった彼が選んだ、苦肉の策。

 それが、なけなしの勇気を振り絞ったつもりだったその行為が。自分たちに千年の孤独を招くとも知らず。



 ――これは、大失敗だったな。

 広場の中心で演説をぶちまける自分を精神的に俯瞰しながら、彼は後悔していた。
 この世界の粗筋やレビューは、少ないながらも確かにあった。にも拘らず、彼は急く気に任せてそれを読まなかった。
 その結果が、これ。
 異端とそれ以外――向こうの言い分では、正常なる我々とそれ以外の紛い物、となるが――の大戦争。
 異端は確かに集いに集ったが、その中から彼女を探し出す事も出来ぬうちに、あれよあれよと戦いに動員される運びとなって。何の因果か、彼はその総大将に選ばれていた。
 確かに出力的にはお話にならないほど突出しているし、並みの一流程度には動ける自信はあった。
 しかしそんな役どころに収まっては、自由に動けない。転じて彼女を探しにくい。
 彼女はいる。この数百人の中に確かにいる。
 でも、誰かわからない。

 困った彼は、自分で事態を迅速に収束させて、それから彼女を探そうと決める。
 
 ――勇気を出して、声を掛けて探していればよかったものを。



 誤算は、敵にも異端がいた事だった。それも飛び切りの。
 彼と同じ存在。消耗して世界に飲まれただろう、読者の成れの果て。並みの異端では太刀打ちできず、ただ蹂躙されるばかり。それどころか、彼でさえも五分といったところ。

 それを認識してから真っ先に考えた事。

 彼女が危ない。

 彼自身は、確かに対人関係に関しては臆病極まりない――彼の同類は須らくその傾向にある――が、物語の中でなら必要な行動をとる事が出来る。
 しかし彼は思う。
 彼女はどうなのだろう?
 好戦的な異能者の中には、自分と同格の出力を持っている者はいなかった。出し惜しみしている可能性もあったけれど、そんな事をして生き残れる状況だとも思えない。
 となれば、戦えず、もしくは戦わずにいる者たちの中に、彼女はいる。

 自分が守らねば、彼女も死ぬ。

 たとえ物語の中だとしても、彼女が殺されるなど、彼は認められなかった。


 ならどうするか?                                        守り抜くしかない。
 特定出来ていないのに?                          有象無象ひっくるめて守り抜く。
 出来るのか?                                            やるしかない。
 

 ――その勇気を、その決意を、違うところで出せていたなら。


 
 そして彼は倒れ伏した。
 視界を埋め尽くすほどの軍勢と、数名の堕ちた異端者。そのほぼ全てとたった一人で相対し、軍勢の半分を捻り潰し、半分を退け。堕ちた異端者の全てを消し去って。
 全力など当たり前、死力を尽くし限界など何度も超え。
 そして願いを果たし、当然のように、奇跡の代償の支払いを迫られていた。

 それなりにベテランの読者である彼は、当然のように知っている。その世界を逸脱しすぎた読者は、世界と相容れないが故に世界から弾き飛ばされる事を。

 しかし事態はさらに深刻で。堕ちた異端者との激戦は、文字どおり身を削る戦い、すなわち互いの存在情報の削除合戦。受けた傷は大きく、失った情報は存在に破綻をきたすに足るレベルで――。



 血濡れの丘、焼け爛れたような空の下。
 共に戦った異端者たちが、遠巻きに安堵と畏怖を含んだ視線で見守る先。
 彼は膝を突き、両の腕で弾け飛びそうな身体に箍を掛けていた。

 成し遂げた達成感、迫る終わりへの絶望、そして――。

「■■■さんっ!?」

 名を呼びながら駆け寄ってくる誰か。髪の長い、色白の女性。
 直感的にわかった。きっと、彼女が「そう」なのだと。

「そ……か、あなたが……、■■■、だったのか……。良かった、守りきれて……」

 涙と鼻水、それと僅かな返り血でぐしゃぐしゃの顔で縋り付く彼女。
 ようやく会えた、ようやく声が聞けた、ようやく触れ合えた。

 けれど、その時に抱いた念は。喜びでなく羞恥でもなく。

 ――後悔、だった。

 求める心ばかり先走り、受け入れられないかも知れないと惑い、出会ってもいないのに離別を恐れ。
 結果、そんなものとは比べ物にならないほどに絶望的な断絶に瀕して。

 ごめんなさいごめんなさい、彼女の言葉からも同じ念が伝わってくる。
 遠回りしたけれど、気付く事が出来た。それはとても喜ばしい事で、嬉しい事で。

 ――それでもやはり、遅すぎた。



「ああ……最初から声を掛ける勇気があれば、こんな事にはならなかったのに……」

 その声を最期に。
 「彼」は「弾け飛んだ」。







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