- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第十八話 -

 焼け爛れた土、燃え盛る炎、いまだ濡れ光る血。
 そんな赤い丘の中で、一人。空を――否、上を。ただ上を、遥か上を見据えて、宣言する。
「――答えは得た。大丈夫だよ■■「なにが大丈夫だこの糞ボケ野郎が!!!」ごぶあっ!?」


ワールドリーダー第十八話


「なぁ、いい加減下ろしてくれよぉ」
「却下です」
「そんな事言わずにさぁ、このままだとなんか変な趣味に目覚めちゃいそうだからさぁ」
「黙れこの変態」
「連れないなぁ」
「黙って吊られてろ!」

 取り付く島もないですよ?
 因みに只今、ティオノの里の集会場で簀巻きにされて天井から逆さづりにされてます。
 あの後……ちょっと思うところが有り余ったので自分探しの旅に出たのが拙かったのか……拙かったんだろうなぁ。三日間をかけて色々巡った後にあの丘に戻って物思いに耽ってたら後頭部にサンダーキック炸裂、昏倒して気付いたら宙吊りの刑に処せられてたわけだ。

「あ〜、だんだん血が上って来た……。しんどいっすよ〜」
「申し訳ありませんが、今回ばかりは看過出来ません。この状況下で三日もふらついていたなど……。皆は人形との戦闘でよもやの事態になったのではと動揺しますし……」

 思い出してまた頭が痛くなってきたのか、カインが頭を抱えてる。苦労人だよなあコイツは。最近胃薬とすっかり親しくなってるみたいだし……。

「不憫な子……ううっ」
「誰の! せいですか! 誰の!」
「あうっ、えうっ、おうっ」

 声に合わせてげしげしげしっとヤクザキック三連発。なんとも乱暴になっていらっしゃるご様子、本来こういうツッコミはロギアスの担当じゃないのかーとか思ってみた辺りで不真面目な思考を打ち切った。表情を引き締め、カインの目を見据える。

「……わかってる。心配かけたのも迷惑かけたのも。今こうして簀巻きにされて逆さ吊りにされてるのも自業自得、甘んじて受けるさ。ただ、故あって、信じるところあってやった事だから、非難も罰も受けるけど謝罪は出来ない。それだけ理解しておいて欲しい」

 真摯に言葉を伝える。魂も篭ってるかもしれないくらいに。そんな俺の言葉に対して、

「……まず揺れを止めてからにしねぇか?」
「……ああ」

 疲れたようにロギアスが提案し、脱力したようにカインが頷いた。その反応は少々不本意である。さっきの言葉に偽りはないし、自分探しの旅ってのも、言い方は不真面目だったかもしれないけど冗談ではないし。一連の行動は全て一つの信念に貫かれているのだ。そしてそれを今、思考を切り替えて真摯に誠意を持って伝えたのだ。
 だのにこの反応。
 ……ぷらーんぶら〜んと揺られていようが、俺はいたって真面目なのだ。不真面目というかシュールに見えるのは俺が吊るされて、さらに揺られているからなのであって、つまり説得力に欠けるのは俺のせいじゃないのよ、きっと。というか。

「下ろしてくれれば一番いいと思うんだが?」
「「それは却下」」

 さいですか。


 取り敢えず妥協して逆さまという状況だけ改善してもらいました。こめかみやら額やらに血管が浮き出てくるようになると流石にひかれるよね、そりゃあ。

「で、三日経っても奴らが動かなかったのは一体どういう事なんだ? あんたがこうして戻ってきたって事は、人形は撃破したんだろうが」
「私もそれが気になります。確かにあの時の交戦で三割強の被害を与える事が出来ましたが、その程度の被害で引き下がるとは思えません。現に陣は張られたままですし」

 で、話題は当然のように異端審問軍対策に。つーか、

「そりゃあ俺が邪魔してたからだ。あと、奴らが保管してた人形全四体は全て無力化したぞ。色々と工作したし、一週間もすれば内部から瓦解するだろ」

 言い方は悪いかも知れんが、こんなところでぐずぐずしてられんくなったのよね。ちゃきちゃき済ませてしまいたいのですよ。とは言えいい加減な対処では後味も悪いし、そもそも烏に誓ってそんな事はしない。敵を撃退してめでたしめでたし、なんて場当たり的な対応にするつもりもない。見事円満……かどうかはわからんが、将来をも見据えたエンディングへと導くつもりだ。それが……「先人」たちへの供養というか、礼儀だろう。
 などと俺が心中で決意を確認している傍らでは、ご両人がぽかんとした顔でこちらを見詰めていらっしゃる。

「……どうした?」
「……あ、いえ」
「……なんでもねぇよ」

 嘘を吐け。こいつら絶対俺がふざけて遊びまわってたと思ってたね、間違いなく。信用なくすような行動ばっかりしてるから当然だけどな。トリックスターっぽく動き回るのが楽しいのよね。……ちょっと違うか?
 まあ、遠慮がなく活発で能動的なこの性格。至った経緯を思えばなかなかに有難いというか世話になっておりますというか。

「……元に戻った時にどうなるんかがちょっと不安だが……」
「は?」
「いや、何でも」


 さて、その後は結局俺が一体どうやって、何をしたのかの説明に終始した。

「つーても、そんな難しい事はしてないんだけどな」

 読解の要領で敵さんの心理を軽くさらってみたが、異端排すべしと強固に考えている奴はほとんどいなかった。十数人に一人くらいの割合か。
 要は虐めの心理なんだねこれは。誰かしら何らかの差異を持っていて、それを上手くやりくりして付き合っているわけだが、いつどんな拍子で排斥の対象になるかはわかったもんじゃない。言ったもん勝ちというかやったもん勝ちというか、誰かがそうやったら後は堰を切ったように皆が追従してしまう。それの世界規模なものなのだ。虐めていれば虐められない、ってな感じの心理もあるかも知れない。

 あれは異常だ、だから皆で排斥しよう。

 ここで重要なのは「皆で」ってところだろう。排斥する側のそれぞれにもあるはずの差異を、排斥する側という一括りにしてしまう事で一体化させる。すると目聡かったはずの異端を見つける目が仲間内に関しては曇ってくる。
 ……なら、異端排すべしの心理を残したままその曇りを取ってしまったら?
 全員が全員にとっての攻撃対象になるのだ、組織として機能する事は不可能、内部から瓦解する他ないだろう。然る後に、異端排すべしの集団心理が解消されれば……少なくともこんな世界規模での虐めはそう簡単には起らないだろう。無論根絶は不可能だが。


「つーことで奴さん達、自分以外全員敵にしか見えてないから、今はまだ表面化してないけどその内同士討ちが始まると思う。で、集団心理から目が覚めたらぽつぽつとはぐれる者も出てくるだろ。そいつらを吸収すればこっちの勢力も拡大するだろうし、狂ってたパワーバランスも少しは戻るだろ。凝り固まり、広がり過ぎた集団心理が解消され、自分と他人というものを正しく理解しなおせば、この世界は健全な姿に立ち戻る。その後は努力次第だが……」

 ちらり、視線を向ければ呆れたように笑う二人。

「やれやれ……。身を護るためだけだったはずが、いつの間にかスケールの大きな話になってますね。しかしそこまで済んでいるとなれば」
「だな。ここまでお膳立てされといて出来ませんでした、なんて死んでも言えたもんじゃねえよ。ここまで導かれたんだ、やり遂げて見せるさ」
「その意気やよし。救世主なんてものにおんぶに抱っこじゃあ後が続かなくなるからな」

 それに救世主がいなくなってなお望まれる状況が維持されないと大手を振って「完結です」と宣言出来ない。
 ……この世界に来てから一ヶ月以上が経ったが、今この時ほど完結を意識した事はないなぁ、そういえば。でも、今は。

「きっちり完結させて、前回の根性なしのヘタレ救世主様とはわけが違うって事を徹底的に示さにゃあ気が済まんのよねぇ……。つーことで奮戦よろしく。主に事後だけど」

 俺もやる事はやるけどね。そう、事後のために。
 そしてまあ、怪訝な視線を向けてくる二人組は取り敢えずスルーして、最後の締めをどうするかを頭の中でちまちまと考えてみる。景気よくぱーっと締めて弾みにしたいものだな、などと思いながら。







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