- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第十六話 -

「人形」との声にまず一番最初に反応したのはエスカだった。
 ――否、声が届く前から体が勝手に退路を探し始めていた。何故ならソレは次元違い。戦士であろうが司祭であろうが王であろうが逃げ出さずにはいられない、規格外の恐怖だから。

――逃げたい、逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい!

「――っ」
 今すぐにでも全てを擲ってこの場から逃げ出したくなる欲求を辛うじて抑えて、全員が脱出出来る経路を検索する。
 逃げに特化したエスカの能力が、逃走経路をはじき出す。けれど、彼女は自信が無かった。逃げる事に関して自身が無いなど、彼女にとっては初めての事だった。
 ……自身の誘導を求めて集い始める仲間には、とても伝えられなかった。


ワールドリーダー第十六話


「“我が声は世界に溶けず、遮る物として此処に在り!”」
 ぎしり、と俺の声が届く限りの空間が凝結し、不可視の壁となる。そこに殺到する衝撃、衝撃、衝撃……っ!
「く……っ」
 圧し負ける……!? 冗談、柄にも無く歯を食い縛ってまで力注いでるんだぞ!?
 背後に意識を向ければ、撤退作業中のエスカ達。圧し負ければ間違いなく巻き込まれるだろう。そうすれば敗北、俺も死ぬ事になるだろう。
 それも一つの結末、世界を綴った事に変わりは無いが……。
「エスカぁ! 急げぇ!」
 リンクを通じて怒鳴り付けて、一度だけ深呼吸。……それで覚悟は決まった。
「……“我が身は異端、世の頸木より解き放たれし者!”」
 ……禁断の出力増強。防壁の密度が更に強化され、「人形」の攻撃を逆に押し返し始める。その代わり。
「ぐあ……」
 耐え難い頭痛。全身を茨で締め付けられるような痛みが襲う。世界が綴り手の過度の介入に反発し始めている、その反動。気を抜けば……俺はこの世界から弾き飛ばされる……!
 思考能力を許容ぎりぎりまで低下、存在及び出力保持に全力を傾注。相反する行為、だがやらねばならない。思考能力、自我の維持水準を最低ラインまで低減。限界値、危険、続行。
……失敗、不可。二度目、絶対不許。不許!

 敵、出力増大。急速接近。迅速対処。第一策、重力制御。
「汝影、地結、絡錘、不能飛!」
 敵、行動不能。臥地。第二策続行。
「空間指定、大気消去!」
 周囲真空化。目標、破裂……!?
「作用……消滅!?」
 不可解。要対処、思考回復。
 細切れの思考では対処しきれない現象に堪らず思考水準を回復。
「……干渉が、掻き消されたのか?」
 そうだ、そうとしか思えない。俺の能力は……いや、ここまで出力を上げた状態での能力は、世界そのものを書き換える行為だ。だから、この世界の中の存在が何をしようと無効化される事はありえない。この世界より同等、もしくは下位に帰属する存在では、上位の存在からの修正に抵抗出来ないのだ。
 だというのに、上位存在による世界への干渉を無効化したのだ、あの「人形」は!
「って事は」
 世界を、俺の手による「展開」を「更訂」したあの「人形」は。
「……同類、なのか!」
 世界の読み手、つまり俺達と同じ存在!
 だからこそこの出力で、あの「世界更訂」か。……とんでもないな。
「って、それは俺も同じか」
 しかし、俺と同等の出力を苦も無く出してるあいつって、いったい何者よとか思わないでもない。弾き出されても仕方ないだろうし、そもそも修正の苦痛とかはいったいどうなってるんだろう。因みに色々考えていながらも戦闘は続行中。今は機動側に出力を回して「人形」を味方から引き離してる最中。
「……しかし、アレを囮にすればいいとか考えそうなものなんだがな、いつもの俺なら」
 ……何となく、強迫観念にも似た何かが、こう、訴えてくるような気がする。限界を超えてでも、守らねばならない……? いや、守った、のか……?
「……痛」
 頭痛がする。修正の反動なのか……それとも違う何か? 思えばこの世界に来た時から何か違和感があった。
 頭痛で少し動きが鈍ったのを好機と見たのか、「人形」が突っ込んで来る。速い!
 ぎゃりぃん、なんて音を立てて硬化させた身体を奴さんの爪が削っていく。あ〜、これは後でかなり痛いななどと思ってるうちにもう一撃!
 今度は真っ向からぶつかって受け止める。
 ――と。
「―――――――――」
 ……そういう、事か。
 共振? 共鳴? よくわからないけど、コイツがどういうモノなのか、触れ合った所から感じ取れた、様な気がする。
「……成る程」
 人形、とはよく言ったものだ。アレは……過度の力の行使によって世界から弾き飛ばされた「読者」の成れの果て。頸木どころか自身を規定する枠さえも失って、ただの上位存在に成り下がった、いわば対界兵器か。
だから「世界更訂」が可能で、自制する精神も必要もないから俺よりも出力が大きい訳か。
「……なんか、気に食わないな」
 知らず、言葉が漏れていた。……別に、自分と同等或いはそれ以上の出力だから、って訳じゃない。
 ただ、その存在が。本[世界]を読みそしてそこに溺れ、己を失ったその有様が、例えようもない位にムカついた。
「……”増強再開、増幅開始”」
 ……手加減なしでの、全力行使。通常の、対象への直接干渉ではこいつを倒す事は難しい。単純な出力では力負けするからだ。
 だったら……世界設定からこいつの存在を削除してやる。
「おぉおおおおっ!」
 一瞬だけ肉体にブーストを掛けて「人形」を弾き飛ばし、瞬時に世界の深層にアクセスする。
「”読解開始……!”」
「――!」
 自分の存在の根底への干渉に気付いたか、「人形」も俺への直接干渉を止めて世界読解を開始する。読み解かれる前に俺を殺せばいいなどと考えるほど愚かではないのか……むしろ自我がなく余計な事を考えられない状況だからこその行動か。
 自分の存在の、その根幹の削除は、死以上に絶望的で決定的な終焉だ。いなくなるのではなく、いなかった事になるのだ。死の予感なんてちゃちなものじゃあない、もっともっと絶望的な予感がするのだろう。本能のみの「人形」には、それが一際強く感じられるのだろう。  事実、俺が先んじて世界の中から奴の設定項を検出し、削除しようとした途端に、それに抵抗し防壁を張ってきた。……このまま競り合っていても埒が明かない。より世界の深層へ干渉するが、相手も負けじと追い縋る。
 ――いいだろう。どっちが世界[物語]の深層[真相]に近付けるのか、読解力勝負だ!


「状況は!」
「九割方は撤退経路に乗った! だが後は包囲されてるか退こうとしないかで動かねえ!」
 ロギアスの報告を聞き、カインの顔色が曇る。撤退指揮のエスカはよくやってくれている。というより「人形」の襲来で混乱しかけた部隊を円滑に撤退へと導いた事を考えればこれ以上ないくらいの活躍だろう。
 ……もとより予想された事態ではあった。無傷で帰れるなどとは思っていなかった。いなかったが、せめてと願っていた。
「……これ以上留まってはいられん。志願者のみ囮として戦闘継続を許可する」
「な……見殺しにしろってのか!?」
「そうでもせんと被害は大きくなるばかりだ! なによりこれ以上もたつくと里が見つかるかも知れん!」
 激昂したロギアスにカインも声を荒げる。
 当たり前だった。彼らにとって彼ら同士は、この世界にあって互いの存在を認め尊重しあえる掛け替えのない同志なのだ。その絆は血よりも濃い。それを斬り捨てるのは苦渋というのも生易しい決断だった。
「……済まん」
「いや……」
 それ以上何も言わず、二人とも頭を切り替える。
「……それで、リトス様は?」
「人形を食い止めてるはずだ。今は……見当たらねえがな。さっきまでは何らかの形で俺ら全員と接続してたみたいだが、今はそれも切れちまってる」
「……リトス様に限ってよもやの事はあるまい。何より我らの撤退が終わらない限りリトス様も退く事が出来ん。信じて、撤退しよう」
 決断すればそこからは早かった。カインは千里眼で散り散りになっている友軍を回収し、ロギアスはサイコキネシスでそれらの退路を開く。頑として離脱しない者は捨て置いて、後はエスカの指揮の下、十分弱で戦線を離脱した。
 そしてそれはあまりに速やかで、あまりに懸命な撤退であった故に。上空を風のように飛び戦場へと向かう少女の姿は、誰にも見つかる事はなかった。
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(c)Ryuya Kose 2005