- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第十五話 -

「時は来たれり、いざ往かん、とな」
「緊張感がない……」
「いいじゃねえか、いつも通りにやりゃあいいんだからよ」
「だって、焚き付けるまでも無くあんたら戦意高いじゃん。だったらちょっとぐらい気を抜いといた方がいいんだよ、きっと」
「きっとってなんですか、きっとって……」


ワールドリーダー第十五話


 とまあ開戦直前だというのに張り詰めた空気は殆ど無い我が陣営、慣れもあるのだろうがむしろ気負いの無さが要因だろう。勝たなくては、ではなくようやっと鬱憤を晴らせる、といった感じである。気負って硬くなっていないのはいい事だ。
「ですが、本当に日中の攻撃でいいのですか? 薄暮や夜陰を待たなくとも?」
「ああ。奴さん達、もう俺達は夜襲奇襲しか掛けてこないと刷り込まれてるからな。現状じゃあ正々堂々とした戦術の方が奇策だろ」
「ふむ……それもそうですね」
 何度か頷くカイン。その能力もあるけど、こいつは本来指揮官向きだろう。この勤勉さもそれを自覚しての事だろうか。
「まあ俺はどっちでもいいけどな」
 ああお前はそうだろうと思ってたよ、ロギアス。
「ま、そんなこんなで……敵との距離は?」
「……右翼後方から接近して、ざっと五キロといったところですね。里からの距離は二百キロ弱です。里の隠匿を考えれば、距離的な余裕はもう……」 
「……だそうだ。って事で、奴等の右翼が前方の小高い丘を登りきったら仕掛けるぞ」
 ……流石に空気が引き締まったな。カインにロギアス、エスカにディアムといった主要メンバーの顔を見回すと、全員が不敵な笑みを返してくれた。
「この戦いは幕開けだ。自由を目指す聖戦の、ひょっとしたら絶望へひた走る惨劇の。どちらかは……知る由もないが、始まりには違いない」
 嘘は吐いていない。事実、俺はこの物語[世界]の結末を知らない。彼女も読んだ事はないみたいだったし。
「シナリオを組み立てるのは俺達だ。自分達の未来を自分達の手で描こう。筆は我等が力、インクは奴等の血だ」
「なるほどな、インクが多けりゃ多いほど描ける未来も増えるわけだ」
「それならインクは多いに越した事はありませんね」
 にやりと不敵な笑みを再び。この分なら心配は要らないだろう。
「よし……それじゃあ各員位置につけ。仕掛けは……ロギアスとカインに任せる。各員、自分がしっくり来ると思う方に別れろ。以降は緊急時及び撤退時を除いて指揮権はこの二人が持つ。俺は遊撃に回って、人形が出てきたらそいつを引き受ける。その段階で全軍撤退。いいな?」
 異口同音に了解の声、それを聞き届けて俺は天高く、下から見ても太陽の中に入って見えない位置まで飛翔した。ここからなら戦域全体を見渡せるから迅速に味方の圧されている部分に支援攻撃出来るし、それでいて敵に発見されにくい。後方支援にはもってこいな位置だ。
 遥か下方、陸の中腹を越えた辺りにはうぞうぞと異端審問教団軍、約九万九千が蠢きながら行軍している。こうしてみると世界中から集まったにしては本当に少ない。まあ千に満たない兵力で渡り合おうというのだから、これは有難い事ではあったけれど。
 取り敢えず、このシチュエーションでまずやる事はただ一つ。
「ふはは! みろ、人がゴミのようだはいすみませんごめんなさい」
 ……カインのやつ、千里眼を利用してまで冷たい視線を飛ばしてきましたよ? 思わず謝ってしまった。
「さて、火蓋は誰が切るのかね」
 敵の右翼は丘の頂上まであと少しといったところに差し掛かっている。
「馬鹿正直に登りきるまで我慢出来るとは思わないが……さて?」
 そのまま上空で待機を続け、そして敵軍右翼の半数ほどが丘を登りきったというその時、遥か上空にいるにも拘らずなお目を焼くような目映い閃光が右翼のど真ん中で煌めきそして。
 どごぉおおおん、と大音響を伴って巨大な火柱が天を突いた。
「おお、壮観壮観」
 眩しさに目を細めつつ俺は至極のんびりとその火炎を見つめる。必要以上に猛々しく荒々しいその炎は……予想通りその大半がはったり、つまり実態の無いただの映像だった。最大出力のパイロキネシスでもここまででかい火炎は出せなかったはずだったから、大方カインが千里眼使って拡大投影してるんだろう。
「しかし、威力は無くても効果は抜群だなこりゃ」
 遥か眼下では敵が突然の「大規模な」攻撃に完全に浮き足立って隊伍を乱している。混乱を誘い統率を失わせるのがさっきの攻撃の主目的だろうから、十二分な効果が上がっているようだ。現に上から見てるとよくわかるがあっちこっちで異能の発動が感じられるし、場所によっては爆発や微かに血飛沫も見て取れる。
「奇襲は成功……だな」
 んじゃま、俺も支援攻撃始めますかね。
「コード改変、詠唱省略……っと」
 出力を低下させる代わりに速射性能を限界まで引き上げて上空から支援攻撃。地の利……というか空の利を存分に活かして、「力」を物理的衝撃に変換してそのまま撃ち放つ。この程度の出力でも、一撃で二〜三人は仕留める事が出来るんじゃないだろうか。
「ま、俺が十人二十人相手しなくても……」
 ある所では直径五メートルはあるような巨木が縦横無尽に飛び回って敵兵を薙ぎ払い、またある所では炎の竜巻が駆け巡り、ある所ではどでかい魔方陣が怪しい煌きを放った瞬間雲も無い空から無数の稲妻が降り注いでいる。
 実をいうと、味方全員とリンクを張って、いったん俺を通してから能力が発動するようにしてあるのだ。こうすれば、発動までに僅かなタイムラグが生まれるものの、威力は三割から五割増だ。俺個人の性能は低下するものの、全体的には向上しているはずだ。
 リンクをチェックすると、まだ全てのリンクが生きていた。つまりこっちにはまだ被害が出ていないという事。
「このまま、押し続ければ……」
 一気呵成に陣形を崩して、うまく敗走を誘う事が出来るかも知れない。
 その展開への希望を込めて、俺は支援攻撃を続けた。


 で、十五分後。
「陣形は……完全に崩したな、これは」
 支援の手を一時休めて彼我の状況を把握する。敵軍右翼の陣形は完全に崩壊し、その余波は中央、そして左翼の一部にまで及び始めていた。夜は夜襲に備えて緊張感の維持を強いられ、昼は昼でローラー作戦じみた探索と進軍。士気が落ちるのは必然の状況下での、まさかの真昼間からの強襲だ、一方的な展開になるのもまあ道理だろう。
「とはいえ……まだ三割しか潰せてないかな、これは」
 三割も潰せば本当なら上々なんだが……戦闘継続能力に乏しいこちらとしては、もう少し被害を与えておきたいところだ。それもこっちが無傷のうちに。
 リンクをチェックしなおしてみたら、何人かの反応が鈍くなり始めていた。負傷したか、精神状態に余裕がなくなっているかしてるんだろう。そいつらに対しては後方へ下がるよう伝達してはいるものの……まあ予想通り引き下がろうとはしない。見かけ上は変化無いものの、じりじりと、そして確実に疲弊は広がっていた。
「……潮時、だな」
 決定的な被害が出る前に、そして向こうさんが体勢を立て直し追撃体制を整える前に撤退を始めなければ、本拠地であるティオノの場所が割れてしまう可能性もある。そうなったら全てが水の泡だ。
 全リンクを通して撤退命令を出そうと意識を向ける。
「……総員に連絡。潮時だ、撤退――」
 ――とまで言いかけたその瞬間。口が勝手に詠唱を始め、
「“我が身は軽く、錘たるは無し――!”」
 迫りくる不可視の純粋な力の塊を回避していた。
 ひょう、とほんの刹那の直前まで自分がいた場所を、間違いなく致命的ダメージを与えただろうエネルギーが通過していった。
「――冗談! あんな出力食らったら……!」
 間違いなく墜とされる! 
 重力の頸木から解放され、超高機動で急転直下、地面へと着地する。そしてリンクを通じて全員に向けて叫ぶ。
「総員全速撤退! 来たぞ、「人形」だ!」
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(c)Ryuya Kose 2005