- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第十四話 -

「捩れろや!!!」
 怒号一声、最後の一人が四肢バラバラになるのを見届けて十三回目の奇襲成功、と。
「……よし、ご苦労さん。すぐに撤退するぞ。奴さん達、だんだん警戒が厳しくなってきてるから網の目は狭いからな、絶対にはぐれるな」
 ――とまあ指示を飛ばさなくても皆さん自主的に撤退態勢を整えて下さる。最初の頃の不手際さが嘘みたいだ。人数だって百人規模だってのに一糸乱れぬ撤退振り。長距離の横典もびっくりの逃げ上手になりつつあるが、中でも――
「リトス様っ、行きますよ!」
「お、おうおう」
 逃げの要たるエスカ。自主的な行動はまだ今一つなんだが、一度俺が撤退命令を下せば指揮官は貴女でしたっけってなばかりに機敏に行動する。今じゃエスカと俺が直接「接続」して指示を全員に伝達している。いわばカーナビみたいなものか。
 ともあれ、死地を超えた経験で皆さん逞しくなってきたわけで、今回もまた滞りなく作戦は成功裏に終わったわけだったりするのだ。


ワールドリーダー第十四話


 現時点に於いて彼我の消耗状態は、こっちが皆無なのに比べ教団側は既に千人以上の犠牲者を出している。しかも向こうは大軍団で丸見えなのに対し、こちとら三百強の少数精鋭、奇襲で先手を取れるとあって風はこっちに有利に吹いている。吹いているが――
「はっきりいって焼け石に水だなこりゃ」
「……いくら千人やられたといっても総数が十万ですからね……」
 現時点ではこっちに犠牲が出ないように戦ってるからどうしても適当なトコで退かざるを得ない。というか退かないと数の前に押し潰されてしまう。だが退いてしまえば与える損害も小さくなってしまう。
「戦闘経験を積ませる、って意味じゃあ上々の出来なんだけどなぁ」
 さっきの撤退の鮮やかさを思えば、まあ経験値はだいぶ溜まった観があるし。それらを考えれば……。
「……奴等の警戒も強まって奇襲の効果も落ちてきた事だし、ここいらでガツンとおっぱじめねぇか?」
 ――というロギアスの意見は、まあ至極当然なんだよな。
「……私も賛成です。このままの戦法を続けていてもやがてはジリ貧でしょう。危険は百をも承知ですが、……総力で、討って出ましょう」
「……お前もそう思うか……」
 確かに……手を打たなければならない時期には来ていると思う。しかし、打つ手が一方的な「襲撃」から戦い合う「戦闘」への移行、というのは……それしかないのはわかってるんだが、なんか躊躇いがあるんだよな……。
「……敵にはまだ『人形』っていう未知の切り札がある。せめてそれがはっきりするまでは……」
「ですが、警戒のあまり攻め込めずにいてはやがて里が見つかってしまいます! 地の利もこちらにありますし、隠匿を考慮しない戦い方なら能力も制限無しで使えます!」
「そうだぜ! 経験もつんでいるし、士気も高い! 頼む、俺達に存分に恨みを晴らさせてくれ!」
 ……これは、何を言ってももう無駄かも知れんね。渋る根拠は俺の予感だけなわけだし……乗る波を逃すよりは、まあ……いい、か。
「……どうせいつかはやる無茶だし、な」
「え?」
「……条件がある。『人形』が出てきたら決して相手にするな。俺が相手するからその隙に全力で撤退しろ」
 俺の嫌な予感の根源は恐らくその『人形』だろうし、それにさえ注意すればまあ、……優位には戦えるだろう。
「それまでは圧して圧して圧しまくれ。それでいいか?」
 ぽかん、と呆けているロギアスと静かに笑みを――それもちょっと不気味な――浮かべているカイン。で、一瞬後には――
「いよぉおおおっしゃぁあああああ!!!」
 あー。予想通りだねロギアス君。酒盛りの時といい捻りがないね。まあ熱くなるのは悪い事ではないけど。
「……決断、有難う御座います……!」
 カインはカインで静かに闘志を燃やしてる感じだな。
「仕掛けるのは明後日の払暁。それまでしっかり英気を養えよ」
 盛り上がる二人を後にして、俺は取り敢えず……どうするかは特に考えてないけど、兎に角席を外す事にした。


「ん……」
 微かな風切り音と羽音を耳にして思考の海から浮上する。今日も今日とて樹の天辺にいるわけだが、これまた同じ様に烏が俺の頭の上に着地した。
「……もう注意する気も起きねぇよ」
「なにが?」
「……なんでもねぇよ」
 応える気力が足りないもんだからぞんざいな対応になってしまうが致し方なし。眼下からはこの前の宴会の時とは似て非なる炎――気勢の炎があがっているが……。
「……なんかテンション低いね」
 ふっ、と頭への荷重がなくなり一瞬後に背中全面に重みがかかる。どうやら人間形態に移行した烏が俺の背中にもたれかかっているようだ。でもなんかもう反応するのも面倒なのでスルー。
「まぁ、な……。な〜んか、予感が付き纏って離れないんだよ。これしかないってのはわかってるのに、それはやっちゃいけないような……なんなんだろ」
 よくわからん不安に付き纏われたままこうして一人悶々としているわけだが……こうしていたって晴れるわけでなし。やれやれ。
「っと、そういやお前にも教えとかないとな」
「………」
 明後日に総攻撃を掛ける、って事は烏にはまだ言ってない。信仰の源なわけだし、里の守りが手薄になるわけだし、教えといて損はないだろう。
「あんさ、明後日なんだけど」
「……ああ、総攻撃? もうそんな頃合か……」
「――は?」
 ちょっと、まて。
「引き際は間違えない事ね。経験を活かして、同じ轍は踏まないように」
「――いや、だからちょっと待て」
 俺はお前に総攻撃の事は伝えてないぞ? 皆だって表立っては表していないし、それに。
「何を求め、貴方は此処へ来たのか。忘れずにいれば、或いは結末は変わるでしょう……」
 なんなんだその思わせぶりな内容は!?
「おい!」
 反応を示さない烏の頭を引っつかんでこっちを向かせる――って、
「……なんだこりゃ……」
 目の焦点があってない……それどころか額には痣みたいなものが……。
「おい! 烏!」
 呼びかけて軽く何度か平手打ち。五、六回繰り返して漸く眼に光が戻った。
「……ほっぺが痛い……」
 ああそりゃ痛いでしょうよ――って、そんな事はわりとどーでもよく!
「お前……一体どうしてたんだ?」
「どうって……あなたに動物虐待されてましたけど」
 ジト目で睨んでくるのは取り敢えず無視。つーか、
「お前、覚えてないのか?」
「? 何を?」
 ……何を、と言われると……なんと言ったらいいんだろうか、さっきのは。
「お前がさっき……うわごとと言うか……虚ろな目でなんか、経験を踏まえろとか、あとなんだ……そう、ここに来た目的を忘れなければ或いは結果は変わる、とかなんとか」
「え……私、そんな事言ってた?」
 きょとん、としか言い様がないその表情……。
「……どうやら本気で覚えてないらしいな」
 ついでに言えば、額の痣も消えてる。その代わりというか、今度は眉間に皺が寄ってる。
「……前さ、私自分の事をって表現した事あったよね?」
「ああ。あれは……お前が俺の正体見破った時か」
「うん。あれはつまり……まず、私は何か……若しくは誰かの残滓なのよね。だから、その大元の何か誰かが、きっと……知ってる……知ってた? んじゃないかな?」
「かな?ってそんな……」
「……仕方ないでしょ。私だって良くわかんないんだし」
 ごもっとも。
「まあ、とにかくお前は安全なところに逃げてろよ」
「……ん。わかってる……わかってた」
「………」
 ばさりと烏の姿に戻って羽ばたきを数回。
……何となくだけど、きっとすぐには行かないんだろうなと、思った。
「……あのさ」
「……なにさ」
 じぃ、っと視線が瞳の奥の奥、網膜とか脳とかじゃなくてもっと別な……記憶とか、そういう場所を覗き込んでいるような気が、する。
「……死なないよね。……死なないでね」
「……ああ。死なない。つーか、ちゃんと戻って来る」
「ん……。ならいい」
 それだけ言い残して、ばっさばっさと烏は飛び去った。
「……頭が、重いな」
 酒は一滴も飲んでないのに、酩酊感がある。それも悪酔いの類。能力を使いすぎた時の危険信号に、少し似ている。
「……明日は、大荒れだな」
 勿論、表面的な意味だけではなくて。
 不安を孕みつつ、今日も夜は更けていく……。
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(c)Ryuya Kose 2005