- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第十二話 -

「おっし……。いいかカイン。まず目標のいる空間を思い浮かべろ。何度も何百回も何千回も見たから嫌でも頭ん中入ってるだろ? そこを強く強く思い浮かべるんだ」
「はい……っ」
「……よし、そのままだ、そのまま堪えてろ。ディアム、お前の方は?」
「……はい、準備出来てます……」
「よし。カイン、標的群が作戦区域に入ると同時に合図を出せ。俺がディアムの力を増幅して、更に接続する。後はロギアス達に任せて全速撤退だ。――撤退支援部隊、エスカ、準備は?」
「へ? あ、はいぃ、で、出来てます!」
「……我慢しろよ?」
「は、はひぃい」
 ……実戦だってのに大丈夫かよ、おい。



ワールドリーダー第十二話



 とまあ、いよいよ実戦に臨むわけだが、そこは緒戦も緒戦、というか初戦だけに最精鋭の少数部隊で、敵部隊の極々一部を相手にする事にしている。言ってしまえば嬲り殺しに出来るかどうか、殺す覚悟が出来るかどうかという訳だ。幾ら力があっても使えなければ意味がない。その為に、わざわざ敵さんの後方まで迂回して、遅れ気味の後方の一部隊の、更に一部分をちょちょいと切り取って、お相手願うわけだ。
「これが出来なきゃ話にならん――っと、お客さんだな。それじゃ、カインの合図を以って状況開始だ」


 暫し息を潜めて待機中。今ここに俺と一緒にいるのは実はカインとディアムのみ。とは言え今作戦に於いては俺達がキーパーソンである。なんせ大前提である「極々少数の敵を相手に」ってのを実現する為の部隊なのだ。
「……リトス様、そろそろです……っ」
「ん。ディアム、意識しろ」
「………。はい」
「……よっしゃ。頼りにしてるぜ。お前だからこそ出来る作戦だ。自信持って、な」
「……はい」
 お。「…」が一個減った。いい傾向だな。
 今回の作戦に於いて欠かせないのがこのディアム。こいつはまあ俗に言う「引き篭もり」だった奴で、他者と馴染めずに隔絶しようとばかりしてたもんだから村から弾かれちゃって、結局異端になってしまった奴だ。
で、その持ってる能力はそのまんま「隔絶」で、自身と他者とを文字通り隔絶するヒッキー御用達の素敵能力である。
 要はこの「隔絶」を使って敵部隊の極一部を他から切り離して、そいつらと一戦交えるって訳であるが、当然本来の能力じゃあ他者を隔絶する事は出来ない。そこで救世主の出番というわけだ。
 まず、カインのクレアボイアンスで索敵し、標的を確認。その後にカインとディアムを俺が「接続」して更に「増幅」させて、クレアボイアンスで指定した部分にいる敵を隔絶するのだ。合体技って訳である。ヒーロー物っぽいのがまた素敵。
とまあここまでが第一段階。まずはここを成功させないといけない。

「――っ、リトス様、今です!」
「ディアム!」
「――っ!」
 二人の力の波動を感知したまま、「道筋」を書き換える力を行使する。

“I am the heretic of this world(綴り手の筆は我が手中にあり)”


 二人の力をリンク、増幅して――
「――!」
 ざわり、という世界が書き換わるカンカク。知覚し得ないのに感じられる違和感。

 ……手応えありっ!
「――! 目標、指定区画から消失! ……成功しました!」
「うっし! 第一段階成功! よくやったな二人とも」
「……は、はい。……どうも」
 お、ディアム、はにかんでやがる。善き哉善き哉。
 ……だがまあ、俺にはもう二仕事あるわけで。
「よし、エスカと合流して待機してろ。俺はロギアス達んトコに行ってくる」
「はっ。リトス様、御武運を」
「おうよ、しっかり逃げろよ。じゃなっ」
 

 さて、第二段階及び第二段階の発動だ。第二段階とは、隔絶させた敵さんを撃破する事を指すわけで、直接戦闘に向いた能力を保有する面々で構成された、ロギアスを中心とする部隊がその任に当たる。一番危険でもあるし一番覚悟が要る任だから、さて。

「……ここだ」
 着いた場所は隔絶した敵がいた場所。ディアムの能力は元々自分が安心出来る引き篭もり部屋を構成する物だったのだが、それを応用する形でちょっとした結界を構成してその中に敵を閉じ込めたわけだ。んで、その結界の中には当然のように待ち伏せが要るわけだ。
「ともあれ、お邪魔させてもらうぜ、っと」
 ティオノの里の結界をくぐった時の様な感覚を一瞬覚え――次の一瞬には何というか、スプラッタな光景が……。
「おう、来たかリトス……っと! 今ので全部片付いたぜ」
 返り血塗れの凄惨な笑顔で振り返られても困るんだが……。
「……ずいぶんと早いな。送り込んでから五分ちょっとしか経ってないぞ?」
「そりゃもう。今までの怨みを還す絶好の機会だからな。それに好戦的な面子を集めたのはお前さんだろ」
「そりゃまあそうだが。しかしこりゃあ俺の支援は要らなかったかな……」
 見回す限りには十数人分の肉塊がごろごろ。むぅ、スプラッタ。
「サイコキネシス保有者にライカンスロープ、異常識者に魔術師……。なんともよりどりみどりだなぁ」
「はっ、それだけ色々な人々に対して奴等が迫害を加えてたって事だ」
「ふむ。確かにな。……まあ、取り敢えず撤退するぞ。個々の戦力はこちらが圧倒しているのはわかったが、数の上では馬鹿げてるほどに不利なんだから、とっとと撤退しないと囲まれるぞ」
「おうよ。おいお前ら! 撤退だ!」
 ……前線に於けるロギアスの指揮能力とか人望はだいぶ高いみたいだな。いい事だ。
「ところでよぉ」
「あん? 道悪いんだから走ってる最中に喋ると舌噛むぞ」
「わーってるよ。んで、撤退の事なんだが……あの女、大丈夫か……?」
「……大丈夫じゃないと困る。困るが、まあどっちに転んでも大丈夫だ」
「……ならいいけどよ」
 ロギアスの言うあの女ってのは、第三段階――つまり撤退のキーパーソンであるエスカである。その能力は特異且つ便利なんだが……。


「や、やっぱり怖いですぅうううううう!!!」
「逃げんなゴルァ!」
「ひっ!? こ、怖いぃいっ!」
「泣くなヴォケ!」
「はうっ!?」

「……はぁ」
「………。ま、まぁある意味予想通りというか……ですよね、リトス様」
「まぁ、な」
 図式としては……びびるエスカ→逃げるエスカ→怒るロギアス→更にびびるエスカ→泣きダッシュを図るエスカ→更に怒るロギアス→エンドレス。
「ったく! おいリトス! カイン! こいつどうにかしてくれ! 俺じゃ話になんねぇ!」
 あ〜あ〜、そんなに頭バリバリ掻き毟っちゃって。
「シャンプーしたか?」
「―――(ぎろり)」
「はいなんとかします」
 ……怖。エスカでなくても逃げたくなるわな、今のは。


 え〜、まああれだ。エスカの能力は「逃走」。殊逃げる事に関しては俺に匹敵する。単純なスピードやノウハウで言ったら逃げるエスカを俺が捕まえられない筈はないんだが……なんでか知らんがど〜しても捕まえらんない。かなりの高確率で見失う。百回鬼ごっこやって捕まえられたのは僅かに八回。つまり約九割の確率で逃げおおせるわけだ。
はっきり言って、これは驚異的だ。戦闘力にはならんが戦力としては十分過ぎるくらいだ。だもんで撤退支援部隊の要に据えた訳だが……。
「や、やですよぉ……」
 発言からわかるとーり、性格そのものもすっげー逃げ腰。プレッシャーに弱いとかそういうレベルを超えてる気がする。異端になってしまったのも、元はと言えばそのあまりに逃げ腰な姿勢を嫌われ疎まれ弾かれてしまったからだとか。
 今もこうして皆を撤退させる事から逃げている訳だ。はっきりいって、危ない。ぐずぐずしてるうちにもし囲まれたらちょっと面倒だし、何より本格的な戦闘になれば俺がいない状況だってありうる。そんな状況下でこんな事になったら……ホラー物で車に逃げ込んだはいいがエンジンが掛からずそのまま……って感じか。無論逃げ込んだのがカインやロギアス達で、車がエスカね。
 となると……車にガソリン注いでやるのが俺の役目か。
「……いやむしろ後ろからプレス機が迫ってきた方がいいか?」
「は?」
「いや、なんでも。お〜いエスカ、ちょいとこちらへ」
「あ、……は、はいぃ……」
 うむ、流石のエスカも「救世主様」の言葉からはそうそう逃げられる物ではないらしい。救世主特権万歳。
「お前さ、現状わかってはいるよね?」
「え、あ、はい……」
「で、その上で逃げようとしてるんだよね?」
「は、……い」
「差し当たって今逃げようとしているのは……責任だな?」
「……う、ぐ……っ(←泣きダッシュ)」
「“逃げるな”」
「!?」
「お」
 途端にピタリと止まるエスカと軽く感嘆の声を漏らすロギアス。
「え、え? え?」
 うむ、駆け出そうとした不自然な姿勢で硬直するなんて経験、普通は出来ないからなぁ。混乱するのも無理はなかろーて。
「さてエスカ君。君は今重大な責任を背負いきれずに逃げ出そうとしているわけだ。じゃあ、もし逃げ出したとして、その先にあるのは何だ?」
「う……」
「いつ去るとも知れぬ……いや、去る事のない永遠の追跡と、同胞を見殺しにした罪悪感。それらをお前が堪えきれるわけがないからお前はまた逃げる。逃げた事から逃げ続けて、永遠に逃げ続けるしかなくなる。だが幸いにも世界には永遠なんて存在しないから、いつかはとっ捕まって八つ裂きだ。ま、何年先になるかはわからんが、いつか必ず訪れる結末だ」
「う、うぅ……っ」
 おお、てんぱってる。しかしいきなり逃げの一手の奴から逃げを奪ったらぶっ壊れちまうからなぁ。即効性があって且つその場凌ぎではない誘導をしてやらにゃあいかんのだが……ふむ。
「では……ここでターニングポイント。「逃走」がお前を規定する在り方だからそこをどうこうしろとは言わん。だから選べ。怖い事から逃げるか、逃げる自分から逃げるか」
「――!」
 ……根本的な解決かどうかはわからんが、方向性としては間違っていないはず。第一、こいつらはある方向性の下にキャラ立てされてるんだからそれを逸脱させるのはあんまり宜しくない。文字通り逃げ道を用意してやった上での選択肢だが……。背中を押す意味でももう一言加えるか?
「逃げちゃダ――」
「危ないから止めとけ」
「ロギアスの言うとおりですよ」
「あ、やっぱり?」
 カインとロギアス二人掛りで止められたですよ?
「あ……、あの……っ」
 ――っと、忘れてた。
 ……眼は、悲痛というべきかな? これは。取り敢えず何も言わずに目線で促す。
「……逃げ続けた自分が至る未来から逃げるんだったら……?」
 ……まだ言うかねこの娘は。
「さて? せめて自分で選択する事からは逃げないで欲しいな。まあなんだ、須らく同じ事だと思うが? 実感しているんだろう? 選択する事からさえ逃げてはどうしようもないぞ? なんせ、その問題自体は付き纏って来るんだ。逃げ切れんぞ? 踏み出さない自分が嫌ならば踏み出してみろ。踏み出せないなら倒れ込んで見せろ。起き上がれないなら転がって見せろ。後ろ向きでも何でもいいから動いて見せろ! それが出来なければ何も――あん?」
 ………。
「あ、あの……?」
 ……何を言ってるんだ俺は?
「あ〜……、熱くなりすぎたか話がずれたな。要は――」
「あ、あの……っ、もういいです……」
「んあ?」
 ……目付きが、ちょっと変わったな。
「……逃げます。だから、……早く集まって下さいっ」
 ……ふむ。なんか……まあ、エスカに関して言えば全く問題なしだからいいんだが……。
「……まあいい。よし、撤退するぞ。じゃあエスカ、先導頼む」
「は、はい……っ。あ、あのっ、こっちです」
 脱兎の如く駆け出すエスカ。ううむ、逃げる姿が様になっている気が……。ま、ぼんやりしてると置いてかれるし、俺も行かにゃ。


 そうこうしながら走って走って十数分後。たかだか数十分といえど、そりゃ勿論各員肉体強化やら怪しげな魔術やらで高速移動してたから既に数十キロ移動してるわけで。
「……リトス様。周囲十キロ以内に敵影は確認出来ません。ほぼ撤退は成功したと言えるかと」
「ん、りょーかい。……だそうだ、皆。ひとまず良くやったな」
 労いの言葉を掛けるとあちこちから安堵の声。ま、初の実戦だったんだから気持ちは察するが。
「……リトス様、少し宜しいですか?」
 皆の様子をぐるりと眺めてると、声を潜めてカインがなにやら。後ろにはロギアスの姿も見える。
「……よし、各員継続して撤退。俺はちょっと外すぞ」
 指示に従って皆さん撤退を継続。で、後に残ったのは俺とカインとロギアスなんだが……まあ、何の用かは予想ついてるけど。
「先程は……如何なさったのですか? なにやら様子が……」
「ん……」
 やっぱり気付いてたか……まあ気付くか。
「いや……別に何があったってわけじゃないんだが……なんか変な事を口走ったというか、やけに熱くなっちまってなぁ」
「へっ、そんだけあの女にいらついてたって事じゃねぇのか?」
 ……お前のいらつきっぷりも相当だったけどな。
「ロギアス、口を慎め。誰のお蔭で撤退が上手く行っていると思っている? 撤退開始当初、我々の周囲一キロ四方には八千の敵兵がいたのだぞ?」
「んなっ!? 八千だと!?」
 あ、そんなにいたんだ。しかし凄いなエスカ、逃げの達人。
「それをこうしてすり抜けてるんだから……大したもんだな。そこんとこわかってるかね? んん?」
「ぬ……っ」
「そういう事だ。彼女なくして我々の戦略は成り立たん。彼女は、有用だ」
「ぐぬっ……。……はぁ、わーったよ。もうとやかく言わねぇよ」
 うむ、完勝。そして話題逸らし成功。
 ……なんか……不安定だな俺……? 能力行使だってまだまだ最低限程度だし……。
「……まぁ、気にしても仕方ないか」
「? どうしました?」
「いや、なんでない。んじゃ、俺等も戻るかね」
「了解」
「あいよ」
 
 

で、結局。この作戦は見事に成功。後はゲリラ戦でちまちまと戦力を削りつつ、ティオノの里から五十キロ以内に敵軍が侵入した場合は総力を以って迎撃、撃退する、という方針が決定しましたとさ。
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(c)Ryuya Kose 2005