- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第九話 -

「……さて、皆正気に戻ったか?」
 苦笑しながら一同に問い掛けると、一様にバツの悪そうな顔をしている。
「……なんと言いますか……。度肝を抜かれてしまいまして……」
「ま、そりゃそうだろうなぁ。初めて会った時にも感じたんだが、あいつ結構いい性格してるみたいだからな」
「……神話と言うものが物事の全てを伝えている訳ではないという事を身を持って学びました」
「カイン君、君はこれで一つ賢くなったな」
「……からかわないで下さい」




ワールドリーダー第九話




「しっかしよぉ、今まで喋った記録がなかったから喋れないもんだとばかり思ってたんだよなぁ、皆。ありゃあ不意打ちだぜ」
 ロギアスの言葉に皆がうんうんと頷く。確かに、俺が出会った時は結構饒舌な感じだと思ったから、今まで喋らなかったって方が不思議だ。
「やはりリトス様がいらした事に関係あるのでしょうね」
「……そうか? ……そうか」
 疑問の声を上げてみて、結局その可能性が一番高いだろう事に気付いて同意しなおす。ま、細かい事を気にしていても仕方が無いし。
「……ところで。本題の方に入りたいんだが」
「本題……? ああそうか、敵さんの事とか味方の詳細とか、色々説明しないといけねぇか」
 ……ロギアスよ、忘れていていいような問題ではないだろう。
「んじゃま、どっから説明しようかねぇ……。そうだな……オレ達の敵が何なのか。まずはそれからにするか。……カイン、説明はお前がしてくれ、俺は話し下手だ」
「うむ……」


 
 場所を社から集落で一番大きな建物である集会場に移して、俺はカインから色々な説明を受けた。
 それらをまとめると、大体こういう事らしい。

 まず、この世界――俺自身はこの世界に限った事ではないと思うが――では、「普通とは違う」者は迫害の対象となっていた。普通ではない、と一概に言っても、その程度は様々だ。本当に些細な物から絶望的に隔たった物まで。前者ならばそれほど酷い目に合うわけではないが、後者ともなればそれこそ命の危険に晒されるのはざらだそうだ。
 とは言え、カインやロギアスのような一見しただけでは気付かないような異端もある。そういった者は気付かれなければ何の支障もなく人々に解け込んで生活していける様に思えるのだが、何でもこの世界には徹底的に異端を洗い出す機関が存在しているらしい。その名も「異端審問教団」。仰々しい名前のこの機関は、「存在の秩序の絶対遵守」を教義とし、「秩序」を乱す異端者を世界中で狩り出しては処断しているらしい。その「秩序」ってやつが社会的な物なのか自然的な物なのかよくわからんが、言ってる事にはそれなりに道理があるのが厄介で、この世界を牛耳る超巨大組織なのだとか。
 最初の頃は、人々もあまりに過激なやり口の「異端審問教団」には反発していて、教団こそが異端であったのだが、徐々に支持者を増やしていくうちに異端であったはずの教団は、いつしか普遍へと取って代わり人々に取り敢えずは受容されていた異能者達はあっという間に異端者にされてしまった。数が多ければ正義になれる。何とも世知辛いものだ。
 さて、その教団が俺達の敵であるわけだが、どうやら実働部隊の数は支持者の数に比べて圧倒的に少ない。まあ、支持しなければ自分が迫害されてしまう状況下にまでなってしまっているのだから当然とも言えるのだが。
 兎に角、実際に処断を行う実働部隊の総数は十万ほどらしい。世界の規模がどの程度なのかわからないから何ともいえないが、世界を牛耳る組織である点を見ると矢張り少ないだろう。まあ、こっちにしてみれば好都合なのだが。
 んで、敵さんは異端を排斥する任務についている連中なのだから、自身等が異能者であるわけにはいかないらしく、所謂(いわゆる)「普通の人」達である。とは言っても高度の戦闘訓練を受け、しかも数が圧倒的なのだから、異端であるが故に少数――逆もまた然り――な異能者達はなす術なし……と言う事だ。
 それに、「我々は、無闇に人を怯えさせぬように、能力を使わずにいましたから、能力で抵抗しようにも使いこなせていなかったのです」……とカインが言うように、謂わば宝の持ち腐れになっていたようだ。で、いざ使おうと覚悟を決めても、既に大勢は決しかけていて……という事だ。


「……ふむ。で、敵さんの現在の状況は?」
「はい。現在このメイガ大森林の北端から横一線になって虱潰しに探索を行っています。しかし、まだまだ遥か遠くにいますので、接敵するまでには相当の時間があります」
 言いながらカインは森の地図を見せてくる。
「ふむ……。あ、俺が出げ……気がついたところって森のど真ん中だったんだ」
 どーりで三百六十度ぐるりと見渡しても森しか見えないわけだ。それに、俺がこの世界に来て烏と一緒に移動してた時は、約時速五十キロで二時間半くらいだったから……出現ポイント(?)とティオノはだいたい二百五十キロ離れてたのか。
「……待てよ? って事は何か? 敵さんは千キロ以上も地道な探索を続ける覚悟なのか?」
 まあ、森の北端からティオノまでは七百キロ強の位置だが、それを知る由もない敵さんは、南端までおよそ千キロを虱潰しに探すつもりでないと出来ないだろう。
「ええ。奴等はそれくらいは平気でやります。地中に潜る能力を持っていた異能者を追って、総全長百キロの穴を掘った事があるくらいですから」
「……人力で?」
「……わかりません。人形を使っているという話も聞きますし……」
「人形?」
「ええ。私も詳しくは知らないのですが……。というか、詳細を知っている者は誰一人いません」
「? 何故だ?」
「……全員、死んでしまったからです。その人形に出会った者は、一人の例外もなく」
「ふむ……。となると、それが敵さんの切り札か」
「恐らく」
「……よし。状況は大体わかった。まずは味方の戦力と能力の確認だ。俺はちょっと外すから、一時間後にまたここに集まってくれ。それまでに戦える人材と、持っている能力を把握しておく事」
「承知致しました」
 カイン以下、ロギアス達が頭を垂れる。それを見届けて俺は立ち上がり、集会所を後にした。




「さて……」
 取り敢えず深呼吸をして頭を切り替える。カインやロギアス達からの情報も確かに役立つが、それ以上に俺は烏から話を聞きたかった。何といってもこの物語のキーキャラクターだからだ。
 コキコキと首を鳴らしながら辺りを見回す。当然の如く、烏の姿は無く、恐らく外を飛び回っているのだろう。
「ん〜、どうしようか」
 時間もあんまりないし、何処にいるのかもわからない。
「今から探しても……一時間じゃどうかな……」
 仮に限定解除しても、これだけの広さを持つ森だ、一時間で見つけられるとは思えない。
「だったら、念じてみたら?」
 いや、無理だって。
「じゃあ、電波飛ばして」
 や、受信できないだろ。ってかそれ以前に俺が送信出来ない。
「……ところで、何を悩んでるの?」
 そりゃ、お前にどうやって――
「会おうかって悩んでたのに何で居やがりますか貴女はっ!? そして俺の思考を読むな更に割り込むなっ!」
 あまりに自然に割り込んできたから思わず自問自答してるかと思っちゃったじゃないか!
「いや〜、そうはいっても貴方の考えてる事ってなんでか全部わかっちゃうの」
「へ? 読心術?」
「ん〜ん。流れ込んでくるっていうか、そんな感じ」
「へぇ……。共感とかそんな能力?」
「や、貴方以外はわからないし。こんな事は初めて」
「???」
「???」
 互いにはてな三本。つーか、あんたが自分でわかってないなら俺がわかるわけないじゃん。
「まあ……それは別にいいか。本題は別でな、この世界の事について詳しく聞きたいんだが」
「? どうして?」
「どうして、って……その、あれだ、カインたちには言ったんだが、俺は記憶が曖昧で――」


「え? 嘘。貴方ここの人じゃないでしょ?」



「――何?」
 今、なんて言った?
「何がおかしいの? だって、私三つ目じゃない? 第三の眼は次元を超える眼、貴方がこの世界の人間じゃない、多分上の世界の人だなんて事ぐらいはわかるの」
 わかるの、ったってあんた……。
「お前、なんともないのか……?」
 こいつは今俺の事を「上の世界の人」っていったよな? 他の世界、じゃなくて上の世界って。各世界間の上下差を認識しているって事は、存在が自壊してもおかしくないぞ?
「お前は一体……」
「私? 私は烏。そして空子(からす)。空蝉となりし身から別たれた薄氷のような存在」
「……は?」
 謎掛けじゃあるまいに。しかし、だとすると――。
「……だと思う」
「って、人が真剣に考えてみようとしたとたんにそれかっ!」
 遊ばれてますか? 俺、遊ばれてますかっ?
「そんな事言われても、私は発生からかなり時間経ってるから記憶が劣化しちゃってるんだもの。発生自体不安定な物だったみたいだし」
「む。そうだったな。じゃあなにか、寧ろお前の方が」
「記憶喪失とか、そういうのに近いわねぇ」
「………」
 キーパーソンからしてこれか。なんかこの物語って綻びがあるな……。
「あ、でも空蝉云々っていうのは、当たってると思うよ? そんなフレーズっていうか、印象が残ってるから。諳んじれるって事は、それは深く刻まれてるからだろうし。ま、だからといって私が何者か、っていう事のヒントにはなりにくいかもね」
「そっか。ま、参考程度に覚えておくさ。――ところで、そういえば俺用事があったんだが――」
 とまあ辛うじて本題を思い出して、俺は烏からこの世界の情報を引き出す事に専念した。


(了)
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