- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第六話 -

 少しずつ白んできた空の下を木から木へと跳び移る事十数分。俺を先導していた烏が、小さく羽をばたつかせながら梢に止まった。俺もそれに倣って隣に立つ。
「どうした?」
「クワァ」
「え? 着いたの?」
 到着を宣言する烏。けれども見た感じは集落があるようには見えない。
 そんな俺の疑問に気付いたのか、烏は嘴で足元を示した。
「クワ」
 ……下?
「あ」
 そりゃそうか。今俺達は木の上にいる。それも、かなりの高さだ。
 普通人間ってのは地面の上で生活するわけで、当然木の上から見渡しても、繁茂した葉に遮られて地上を見る事は出来ないのだ。
「……でも、それにしたってある程度は森を切り開くと思うんだけどなぁ」
 呟いて改めて足元を眺める。
 翠の絨毯は、一見他と変わらぬように茂っている。
「クワ……。クワッカックェ、クォウ」
「……そこまで徹底しないと駄目なのか」
 烏の説明に納得し、俺はなんとも言えない感覚を覚えた。




ワールドリーダー 第六話




「ん……と」
とはいえ、意識を集中して気配を探ってみると、なるほど確かに結構な数の人がいるようだ。
「……思ってたよりも多いかな。百は下らないだろ、これ」
「……クワ」
「……世知辛いねぇ」
「……クワァ」
 しんみりとしてしまった一人と一羽だった。

「……クワ。クワッカ、クワァ」
 と、不意に烏が別れを告げてきた。
「あ、ああ……。何かと済まなかったな」
「クワクワ」
 首を振る烏。うう、いい奴だなぁ。
「それじゃ、な」
「クワァ」
 別れの言葉が済めばあっさりと。烏は白み始めた空に消えていった。
 ……つーか、なんか普通に烏と会話してたんだなぁ……。
 今更ながらの感想を抱きながら、俺は木を下り始めた。


 ――ガサッ、ガサガサガサ……
「よ……っと」
 枝を踏み台にしながら、木の天辺から地面に降り立つ。地面は、こっちに来た時とはやや異なり、乾いてそして軽く踏みしめられたような感触だった。
 けれど足元に視線を向けても、そこに見えるのは今までどおりのどろどろの地面と下草だけ。
「……とすると、これはフェイクか」
 視覚情報を操作してそう見えるようにしているのだろう。普通の人なら気には留めないだろう所まで、隠匿が行き届いている。
「感心すればいいのかどうなのか……」
 フクザツなところだ。
 とは言え、元来この世界の住人ではない俺にとって、この集落以上に都合のいい居場所はないだろう。
ゆっくりと辺りを見渡す。
 木、木、木、木、木、木、木、木、木、――。
 視界の片隅に、微かな違和感を覚える一角があった。眼を凝らしてもう一度見てみる。けれども、今度は別におかしいところは無い。
「……ふむ。ここか」
 一度何気なく見渡した時に違和感を覚え、意識してみてみると違和感が無くなる、か。
「上手い隠し方だ」
この地を探そうと思う者には見つけられず、ただ流れる者のみが自然と辿り着ける。そういう結界が張ってあるようだ。
「でも俺、烏に連れてきてもらっただけだからなぁ……。ちょっと不安だが……ま、いいか」
 さっき違和感を感じたところへ行ってみる。やはり違和感は無い、が、ここに間違いはあるまい。
 どうせ動かねばどこにも行けないのだ。そう考え、俺は歩き出した。
 
―――。
 足を進めるにつれ、生暖かい水の中を通っているような感覚が沸き起こる。微かな不快感を覚えながらもなお歩みを続けると、不意にその感覚が消失した。

 ―――。
「……まさに隠れ村だな」
 眼前の光景に、俺はそう声を漏らした。
 ついさっきまで鬱蒼と茂る木々で埋め尽くされていた視界が、今では簡素な住居が乱立する集落に様変わりしていた。住居の様式は……何と言えばいいのだろうか。木材を骨組みとした通気性に優れていそうな感じで、屋根には板張りだ。
 ……あ、そうだ。いつかどこだったかで読んだニホンカオクとかいうヤツに近いのか。若干湿度が高く蒸し暑そうなこの場所に適した家屋といえるだろう。
 納得そして感嘆しつつ頭上に視線を移せば、上手い具合に木々がドームを成していて、その隙間から昇り始めた太陽の光が少しずつ差し込み始めている。
 その様子を眼を細めながら見ていると、不意に空気の感じが変わった気がした。
 ゆっくりと視線を下ろす。
「………」
 眼を逸らす。
「いや、現実逃避してどうするよ、俺……」
 はぁ、と大きく溜息を吐いて、取り敢えず地面に腹這いになる。するとそれに間髪を入れずに黒い影が住居の影から飛び出てきて俺の背に跨った。
 ――ひたり
 首筋にひんやりと冷たい物が押し当てられる。
「……動くな」
「言われなくても動かないよ……」
「賢明な判断だ」
 そう言って、背中に跨った誰かさんが右手を上げて何がしかの合図をする。それに呼応するようにして、緊張した面持ちの男性が三十人ほど、その影に隠れるようにして女子供が四、五十人ほど現れた。気配はまだ残っているが、八割ほどはこの場にいるだろうな……などという事を首筋の冷たさを意識しながら考える。
 そんな俺を見詰めながら、背中に跨ったままで男が言う。

「多少手荒になったが、歓迎しよう。……ようこそ、我等が迷い子の里へ」


(了)
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(c)Ryuya Kose 2005