- k a r e s a n s u i -

- ワールドリーダー 第五話 -

 ――ザザザザザザッ
 茂る木の葉を抜け、撓む枝を足場に、それこそ風のような速さで走り続けてはや二時間。好い加減冷静になった俺は、走りながら眼前を飛ぶ鳥の姿をしげしげと眺めていた。




ワールドリーダー 第五話




 見た目は、まんま烏。というかほとんど烏と言っていいだろう。ただ一点、顔の側面にある二つの眼の他にもう一つ、額の中央にもう一つ目がある以外は。要するに、三つ目なわけである。
「三本足の烏なら思い当たるけどなぁ……っと」
 一際大きく枝を撓らせて、反動を利用して烏もどきの直ぐ横に出る。
「……クワ?」
 ふむぅ。驚かないな……。人馴れしているのか?
「……クワッカ、クワゥ」
「何? 陰気くさい顔を近付けるな……だと?」
「クワ」
 うわ、即座に肯定しやがった。性格悪いなこいつ。
「ふん。俺は顔だけかも知れんが、お前は全身が陰気くさいぞ。三つ目な時点で不気味加減倍増だぞ」
「クワッ?」
 ふん。人には平気で暴言吐くくせに自分が言われると途端に不機嫌かよ。
「ほんとに性格悪いなお前」
「ク、クワァ……ッ!」
「けっ。悔しかったら真っ白になって見やがれ。そしたら陰気くささが無くなってちったあまともになるかもな」
「ク……クケーーーッ!」
 おお、悔しがってる悔しがってる。うむ。気が晴れた。
「………」
 あれ? 俺、今烏と会話してた?
「……んなわけないか。気のせい気のせい」
「……クワァ……」
 む。なんか呆れられた気がする。まあ、気にしていたらキリが無いか。

「それにしても……もうかなりの距離を進んだと思うんだが……森の切れ目が見えんな」
 脳内話題を烏から自分の現状に切り替える。感覚的に、今俺(と烏)は大体時速五十キロくらいで移動している。それが約二時間だから、もう百キロくらいは移動しているはずだ。だというのに、いまだに視界が利く限りの森、森、森……。
「まったく……。どんだけ広い森なんだよここは……」
 どこを見ても変わり映えしない景色ばかりなので、俺はいい加減退屈してきていた。
 それに、「力」を行使してから既に二時間ほど経過している。そろそろ止めておかないと、この世界から弾かれてしまう恐れが出てきた。常識はずれな事をしている俺は、この世界にしてみれば異端にして異常なのだから、修正しようとする力が働くのだ。
「おい烏。一体どこまで行くんだ? 俺としてはそろそろ限界なんだが……」
 取り敢えず聞いてみる。なにもこの烏に付いていかなければならないわけではないのだが、ここまで来たのだからどうせならこいつに付いて行ってみたかったりするわけで。
「……クワ? クワッカクワ? クワッカッカッカッカ」
「ふぬ……っ。そういう意味の限界じゃない! 根性でどうにかなるものじゃないんだよっ」
「クワァ……?」
「マジマジ。ワタシウソツカナイアルヨー」
「クワァ……。クワ。クワッカクワゥ」
「……は? もう目的地は通り過ぎてるって? じゃあ何で移動し続けてるんだ?」
「クワ……クワッカクェ〜クォ」
「……暇だったし追いかけてくるから……ねぇ。へぇ〜、そうかそうか……っ」
 ――ガシッ
「クワゲェッ」
 にこやかに微笑みながら併走していた烏の首根っこを引っ掴む。
「ク、クァクケケクァッ! クケーーーッ!」
 なにやら慌てふためいて騒ぎ出す烏。悪いけどそんなん知ったこっちゃない。
 適当な木の天辺で立ち止まって烏を眼前に掲げる。
「ええ八つ当たりですよ八つ当たり。別にあんたは悪くないですよ? 俺が勝手に後を尾け回してただけですからね。でもね、でもですね。なーんか納得いかないんですよーーーっ!」
「クワワワワワワワワワワッ」
 首根っこ掴んだままガクガクと前後にシェイクしてやる。見る人が見ればただの動物虐待なんだろうけれど、目撃者はいない。つまり……今が好機!
「さあ! さあさあさあさあ! 吐け! 吐くんだ!」
「クェクァクァクァグェグェグェ〜」
 何の好機なんだか自分でもよくわからんが取り敢えずそういう雰囲気だったので言ってみる。ついでに言えば何を吐かせるつもりでいるんだ俺は? このままだとストレートに胃の内容物を吐き出してしまいそうな勢いなんだが。
「え〜とほらあれだ……そうだお前の目的地の場所だ! どこに行こうとしてたんだ! 吐け! 吐くんだ!」
「クワクワクワクワクワッカクワァッ!」
 更に激しく脳みそシェイクの尋問をかますと、遂に烏は音を上げた。
「そうか、白状するか。愚かな……。最初っから意地を張らなければ苦しい思いをせずに済んだというのに……」
 うわー、俺理不尽な事言ってるなー、とか自覚しながら烏を解放する。烏は力無く枝の上に落下して――
「クォエ……グォエ〜〜〜」
 ……ほんとに吐きやがったよ。
「………。あ〜……、あれだ。ちょっとやり過ぎたか……」
 悪乗りが過ぎた事を自省しつつ、烏の背中をさすってやる。
 ――さすさすさすさすさす
「クォエ……グェ〜〜〜」
「あ〜、悪かった悪かった。大丈夫か?」
「ク……クワァ……」
 真っ黒だからわからんけど、きっと真っ青な顔をしているであろう烏は、へろへろとした声で答える。
「ああ。気持ち悪いってのはわかる。吐くだけ吐いちまえば少しは楽になるだろ」
「ク、クワ……クワッカクェエ……」
「あに? 恥ずかしい? ……まあ、見られて気持ちのいいもんじゃないだろうが……」
「ク、クケェ〜〜〜」
 取り敢えず楽にはなったのか、烏はへろへろと鳴きながらふらふらと歩き出した。
「お、おいおい。どこ行くんだよ」
「クワ……クワケックワ、クワウ」
「は? 目的地に案内する……って、そんな状態で無理すんなよ」
「ク〜ワ。クワッケクケェ。クワッカクワゥ」
「女に二言は無い、って……」
 お前、雌だったのか。
 いや、そうじゃなくて。
「はぁ……自分で招いた事態ながら何とも……」
 律儀な烏に敬意を抱きつつ、今度は両手でそっと烏を抱きかかえる。
「ク、クワッ!?」
「い〜や。もう二度とあんな事はしない。本当に済まなかった。案内するとかって話も、無しにしてくれ。取り敢えず今は休め」
 言いながら上着の懐を開いて、中に烏を抱え込む。
「ク、クワァッ!?」
 烏は呆けた様にされるがままになっていたが、懐に入れられてからしばらくすると、今気が付いたかの様に暴れだした。
 ――ばっさばっさばっさ
「えーい、暴れるなっ! 風通しも良くしてあるし、裏地張ってあるから枝の上より居心地いいだろ? 大人しく養生してろ」
 ぺちりと頭を軽く叩くと、烏は小さくクワクワ言いながら大人しくなった。
「よ……っと」
 烏を懐に入れたまま、一番高い枝に腰を下ろす。
「ふ〜……」
 溜息を一つ。それから空を見上げる。さっき見た時よりもだいぶ傾いた二つの月が、俺と烏を照らしている。
「……これはこれでいい月だな」
「……クワァ」
「そうか、お前もそう思うか」
 言いながら、烏の体をゆっくりと撫でる。赤青の月光を撥ねる漆黒の羽は、絹の様に肌触りがよかった。
「クゥ〜……」
 烏は、くすぐったそうに目を細めて撫でられている。
 ふむ……。こうして見ると……。
「ん〜。前言撤回する。お前、結構美人さんだな」
「ク、クワァーーーッ!?」
 ――バサバサッ
「おわっ! きゅ、急に羽ばたくな! 落ち着けっ」
「ク、クワワ〜〜〜……」
 何かに驚いたかのように暴れたかと思うと、今度は縮こまってしまった烏。一体なんなんだか。
「やれやれ……」
 溜息をまた一つ。今度は何もせずに、ただのんびりと月を眺め風を感じて時を過ごす事にした。

 どれほどの時間が経ったのだろう。不意に懐の中にいる烏がその嘴で俺の顎をつんつんと突っついてきた。
「ん? なんか用か?」
「クワァ」
「お。そっか。もう大丈夫か。それじゃあ……どうする?」
「?」
 今後の予定を訊ねると、烏は不思議そうに首を傾げた。
 はて。俺は何か変な事を言っただろうか。
「クワワ、クワッククケ?」
「え? 目的地に案内してくれるって? いやでも、あれはその場の雰囲気というか……」
「ク〜ワ。クワッケクワクワ。クワ〜ッケ」
「なに? これも何かの縁だから? しかし、お前にとってはずいぶんと迷惑な縁だったと思うんだが?」
「クワ」
「……いや、だからそこで即答すんな」
 思わずがっくりと項垂れる俺。
「ク〜ワク〜エ」
「なに? 冗談だって?」
「クワ。クワッカ、クワ〜クェ。クワクワックェ、クワ」
「なに? こんな深夜にこんな森をうろついてて、そいつをほっといちゃあ女が廃るって? あんたお人好しだね」
 普通こんな時間にこんな場所に人がいたら、怪しむと思うんだが。
 そんな事を考えていると、表情から察したのか烏が首を振った。
「クェックワ、クェ〜ク、クォッカクェ。クォッケクァ〜」
「……へぇ。そういう場所なんだ、ここは」
 ふむ……。そういう場所なら異存は無い。寧ろお誂え向きとも言えよう。
「……わかった。だったらお願いする。ひどい仕打ちをしたにも拘らず、ありがとうな」
 感謝の意を示して黒光りする羽を撫でる。烏はくすぐったげに身をよじると、おもむろに翼を広げた。
「クワッケ。クワゥ」
「直ぐ近くなのか。それじゃ、頼むよ」
「クワ」
 頷いて羽ばたく烏。やれやれ、とんだ回り道をしてしまったな。自業自得だけど。
 自省しながら、俺はゆっくりと飛び立った烏の後を追った。


(了)
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