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- ワールドリーダー 第二話 -

 俺は、ここで彼女と二人で暮らしている。家主――という表現が適切とは思えないし、ちゃんとした肩書きみたいなのもあるけれど、現時点ではそう表現しとく――は彼女で、住ませてもらってるのが俺だ。
 ここでポイントなのは、俺が家事全般はほとんど出来ないという点。料理には興味はあるけどやらない。掃除洗濯もしない。というか、ここではやったところであまり意味が無い。
 意味が無いといえば、俺達は別にそんな事をしなくても問題なく生きていけるので、家事なんてもの自体に意味が無いといえば無いのだが。
 まあ、本の整理だけは俺にも出来るし意味も無いわけじゃないからやっている。でも、それだけ。
 詰まるところ、俺は現状として――
「あんたってさ、私のヒモよね」
 ……と言うわけである。




ワールドリーダー 第二話



「……否定はしない。というか出来ない」
「そりゃそうよ。だって事実じゃない。そもそも、ここにあんたを連れてきてあげたのも私なんだからね? 忘れたとは言わせないわよ?」
「……拉致同然に連れてきたあんたが言う事か?」
 彼女に淹れてもらった紅茶を飲みながら、溜息混じりに答える。そんな俺の様子を意にも介さず、彼女は自分で淹れた紅茶を飲んでは絶賛、飲んでは絶賛していやがる。
「……まあ、今じゃあ感謝してますけどね……」
「そうでしょうそうでしょう?」
「都合のいいところでしか機能しない耳なんだなおいっ」
「い〜じゃないの。ニンゲンってそういうものでしょ?」
「あんたが人間を語るな」
「も〜。別にいーじゃないの。三百年振りだっていうのに全く……」
 なにやらぶつぶつと文句を言っていらっしゃる彼女の発言、改めて聞くと改めて思わされるわけで……。
 
 ――そう。この空間の異常性とか、何百年も本を読み続けているとか、その辺の発言からわかる事だけれど、彼女は人間じゃない。俗に言う「神様」みたいな奴だそうだ。彼女自身は「著者であり読者」とか言ってたけど、神様って言った方がわかり易いだろう。
 
 彼女曰く。世界っていうのは一つの物語らしい。本を読む事と、世界を体験する事は、彼女にとっては同義なのだ。で、彼女はそれを読むのが趣味なんだとか。この部屋に存在する無限の本。それを気が向くままに読んでいく事。つまりは、自分の手元に無限の世界を抱えていて、それを気が向くままに覗いて見ているわけだ。何とも壮大な話だ。
 因みに。俺は彼女が読んで(見て)いたとある本の登場人物(世界の住人)だったらしい。で、その本が気に入った彼女は、その登場人物であった俺の事が気に入ったらしく、本の中に潜り込んでこっちの世界まで拉致って来たのだ。そのお蔭で、俺は彼女と同格の存在に昇格され、彼女のお気に入りとして共に時を過ごしているわけだ。
 一度だけ、俺がいた本について、俺という登場人物について聞いてみた事があったけれど、なんかはぐらかされて有耶無耶になってしまった。まあ、今では気にしてないし、もう覚えてもいない。
 そう、否定するついでに言えば、怨んでもいない。そりゃあ最初の頃はわけがわからなくて混乱してて、喚き散らしたりぶん殴ったり、仕舞いにはぶっ殺したりした事もあった。まあ、殺しちゃった後は、それが止めになっておかしくなって廃人同然になったんだけれど、暫くするとひょっこり復活しやがった。後で聞いてみると、なんでも「同じ階級の読者に、取引してもらって再登場したの。シナリオの改竄みたいなものよね……」とか何とか。
 で、コワレてしまった俺を見て、彼女は――
「……ごめんね」
 ――と、涙を一滴零しながら俺を抱き締めたのだ。
 献身的な彼女の世話の甲斐あって、俺は立ち直った。んで、その頃にはもう彼女にコワレてた。ええそりゃもう致命的に。
 一時は、全てが彼女のシナリオどおりなんだよな〜、とか思った事もあったけれど、彼女がこの展開を望んでシナリオを構成したのなら、それでもいいかな〜とか思ってしまったわけである。
 それに。
 この永遠とも言える永い時を、ただ一人で本を読んで過ごすという事。
それは、きっととんでもない孤独なんじゃないだろうかと、思えたから。俺は全てを納得したのだ。
 
 ……などという俺のフクザツな心境を知ってか知らずか、彼女は今日も傍若無人だ。
 けどまあこうして本から帰ってきた時の彼女の言動や表情。あれを見れば、結構彼女も俺の事を求めてくれているんじゃないだろーかとか思えるのだが、そこんところどうなんだろーか。
「………」
 興味が湧いた。三百年も放っておかれたんだから、これくらいしてもいいだろう。
「なあ」
「ん? なに?」
 彼女は優雅に紅茶を飲みながら俺の問いに答える。……どうでもいいけど、絵になるなぁ……ちゃんとした服を着てたらの話だけど。まあ、本題に戻ろう。
「久し振りに会えて、嬉しかった?」
「ぶーーーーっ!」
「うわ……」
 吹いた。それはもう盛大に吹いた。お前は噴水か何かかというくらいに。
「げほげほげほげほっ」
 咽てる咽てる。動揺してる姿なんて、ひょっとしたら初めてかもしれない。僥倖僥倖。
「げほっ……。い、いきなりなんて事言い出すのよあんたはっ!」
「まあまあ。三百年も放置されたんだから、これくらい許してくれないかな? で、どうなんです? 俺は、寂しかったし嬉しかったですよ?」
「う、あぁああああ……。よくもまあそんな事を臆面も無く……」
 ハンカチで顔を拭きながら、赤い顔でもごもごと喋っている。その姿を、微笑を湛えながら眺める。その視線に気付いて、なお顔を赤くする彼女。超越者の癖に、この辺だけ妙に初々しいのがまた魅力なわけで……。
「うぅ……。でもまあ私も同条件なわけだし……」
 長生きしてる中で、たまにはこんな事があったっていいわよねうんとか何とか聞こえてきたような気がしたけれど、聞こえなかった事に。
 こほん、と咳払いを一つして彼女が俺に向き直る。顔は赤いままだし、目線は合わそうとしてくれないけれど。
「まあ、本音を言えばだね、……その……私も寂しかったし嬉しかったというわけで……」
 と、言ってくれたから、もう全然文句無いです。
 ……よかった、イタい勘違い野郎にならなくてすんで。
 

(了)
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(c)Ryuya Kose 2005