- k a r e s a n s u i -

憑依老人は小銃Tueeeee!の夢を見るか

――丹波――

 攻撃三倍の法則、と言われるものがある。問題点も数多く指摘されてはいるが、要は練度やら装備やら士気やらが同等である場合、攻撃側は防御側を打ち破るのに三倍の兵力を必要とする、という経験則である。
 今回の織田と種子島の戦争に関して言えば、国力において三倍どころではない強大さを持つ織田家は、種子島の三倍を優に超える戦力を投入可能であった。練度においても戦漬けの織田の将兵が弱卒である筈もなく、勇将猛将が揃っているとあって士気も万全である。
 両国の開戦を知った者の多くは、織田の圧勝を予想しており、また当の織田家もその手応えを感じていた。
 しかし大方の予想に反して、種子島はよく粘っていた。確かにじりじりと押し込まれているようではあったが、確実に織田に出血を強いるその様子は、虎視眈々と逆激の機会を狙っているようにも見える。



 そんな情勢下、今日も合戦が行われようとしていた。
 織田方の戦力は丹波長秀をはじめ、前田利家、明智光秀といった宿将が率いるおよそ四千五百、対する種子島家は、足軽隊と鉄砲隊の混成で三千弱。率いる将にはそれほど名のある者はなく、質、量ともに織田に劣っているといえるだろう。
 しかしながら、織田ははっきりと攻めあぐねていた。鉄砲の発する炸裂音などにもそれなりに慣れてきてもいるし、全体としてみれば明らかに優勢である。
 だというのに、織田の攻めにはどこか勢いがない。射撃を竹束などでがっちりガードしたで凌ぎ、弾込めを弓で阻害しつつその隙を突いて肉薄する、という戦術だけに一気呵成と行かないのは確かであるが、それにしてもである。
 当然それに気付かない織田ではなく、声を張り上げて鼓舞しようとするのだが、今一つ効果が上がらない。率いる武将が柴田勝家のような超一流の猛将であったならばまた違っていたかも知れないが、明智光秀や前田利家といった大人しい武将ではそうもいかない。
 万全の状態の織田郡では考えられないこの醜態、つまりは、織田軍は既に種子島家の術中に嵌っているのであり、その仕掛け人は――。



「……目標をセンターに入れて……」

 ――ずどんっ!

「……命中! お見事です、柚美様!」
「目標をセンターに入れて引き金を引くだけの簡単なお仕事だから……」
「そんな事を言えるのはJAPAN広しと言えど、柚美様ぐらいのものですよ」

 望遠鏡の先で、ターゲットが血煙に包まれるのを確認した観測役の部下の賛辞をさらりと受け流し、柚美は潜んでいた狙撃ポイントから撤収を開始する。

 重彦から狙撃部隊を任された柚美は、隊員・装備の選抜に三日を掛けたのち、すぐさま任務に入っていた。
 やる事はいたってシンプル、味方本隊が織田軍と戦っている隙に、指揮官クラスの人間を狙撃し、指揮統率を喪失させ、それを以て本隊を援護する事である。
 静止目標ではないし、銃の性能からして戦場から離れすぎるわけにもいかず、危険かつ困難な任務である。
 しかし、柚美はやってのけた。初めての任務においては、敵の足軽大将二人を立て続けにヘッドショットし真っ赤なお花を咲かせ、部隊を狂乱の坩堝へと叩き込み勝利の立役者となった。
 その後も合戦の度に出撃し、狙撃成功率は八割を上回り、失敗したとしても、狙撃された事に気付いた武将が正体を失って指揮を放棄したので、作戦自体は成功している。
 そして、それが繰り返されるうちに狙撃の恐怖が刷り込まれ、いざ合戦となっても指揮官が指揮に集中で出来なくなる、或いは狙撃を恐れて姿を晒さなくなった為に士気の維持や命令伝達に支障をきたすなどなど、柚美という狙撃手の存在自体が抑止力として働くようになっていったのである。
 ……要は合戦戦術をデバフ化させたようなもので、もし実装されていたらと思わずにhメメタァ!

「……またつまらぬものを撃ってしまった……」
「いやいや、あれ明智光秀ですってば。結構名のある武将ですよ?」
「……異人を撃てなきゃ意味がない」

 言い募る言葉をばっさりと切って捨てたその横顔には、明らかな不満と不快の色。唯でさえ家族が国外に出張に出て会えないというのに、それを邪魔するわ長引かせるわ、あまつさえ危険に晒すわと、まあ柚美の織田――ランス――への敵意はストップ高になっていたのである。
 兄と義姉の帰る家を守り、ついでにそれを脅かす害虫を駆除するという決意がこの戦果の源となっているのは明らかであった。

「でも柚美様、功を焦って失敗したら元も子もありませんよ? 特に柚美様は近づかれたらお仕舞なんですから。戦況も安定してるんですし、慎重にお願いしますよ」
「………」

 身の安全を考えての事だろうその言葉は、しかし柚美の表情を和らげる事はできなかった。

「……そんな簡単にいくわけない」
「は?」
「……なんでもない。私は……ここでしか役に立てないから、ここで死力を尽くす。……それだけ」

 度重なる戦闘を経て、なお必要なだけの物資を確保できている。だから今のうちにランスを撃ち、ケリをつけなければならない事を、柚美は理解していた。



「あーあっときたもんだ、っとぉ」

 種子島の城、鍛冶場の隅に置かれた机の上で、パチパチと重彦が算盤を弾いている。意外なほど軽やかな手付きであるが、表情は苦々しげである。
 本格的な防衛戦に移行して暫くは、多大な戦果の報告に四角い顔を綻ばせる事も多かったのだが、ここ最近は眉間の皺が全く取れず、部下たちからは「重彦様は鉄砲の可能性はまだまだこんなもんじゃないと思ってらっしゃるようだ」などと噂されている。
 が、当然重彦の機嫌が優れないのはそんな理由からではない。

「けっ、畜生め……。今週も大赤字だ」

 匙ならぬ算盤を放り出し、重彦は毒づいた。
 兵站線が短くなり、補給が容易になった。鉄砲の有効性が証明され、それを活かして戦果を挙げている。
 成る程、それは大変結構。
 だがそれは裏返せば、経済圏が縮小し、備蓄を大量に吐き出し続けている事に他ならない。収入は減っているのに支出は雪だるま式に増えているのだ。そもそも国力で劣る種子島家にとって、これは痛いどころの話ではない。

「やはり、厳しいですかな」
「んぁ、機銃郎か……。厳しいなんてもんじゃねぇ、赤も赤、まっかっかでケツに火がついてるぜ」
「これは……毟るケツ毛も燃え果てますな。予想はしていましたが、これほどとは……」
「備えて稼いでおきはしたからまだ踏み止まってるがよ。備えがなけりゃあ今頃夜逃げの準備だぜ」

 顔を出した南部機銃郎の問い掛けに答える口調も、どこか投げやりで。こうなる事を予見していたらしい誰かさん・・・・の進言を容れて資金弾薬を多めに確保していたとはいえ、焼け石に水であった。

「……その辺り、きちんと仕込んでいたからこその働きなのですかな?」
「ああ、柚美の事か? だろうなぁ」

 誰かさんの妹であるところの柚美がその薫陶を受けているだろう事は想像に難くない。柚美の好戦的な姿勢と戦果は、家族欠乏症への鬱憤もあるだろうが、このままでは戦闘に勝って戦争に負ける事が理解出来ていたからだと思われた。

「……干上がる前にケリをつけにゃあならんなぁ」
「……思う壺じゃあありませんかな?」

 織田方の攻勢はひっきりなしに続いてはいるが、ここの所はランス自身や柴田勝家、乱丸といった主戦力は温存される事が多い。内情がどれだけ知られているかはわからないが、どうにも不気味である。

「かもしれねぇ。が、戦線を押し返さん事にゃあ経済も縮小したままだろ。どのみちこのままじゃあジリ貧だ」
「……致し方なし、ですか」
「勝ちゃあいいんだよ」

 それに、と内心で重彦は思う。
 種子島家は、技術者が集まって国家の態をなしたに過ぎない。つまり、鉄砲作りがしたいから、そのために都合がよかったから国を作ったのであって、鉄砲作りと国家存続を天秤に掛けたのならば、鉄砲作りの方に傾くのである。いざとなれば降参して配下に降り、そこで鉄砲を作ればいい。
 ヘイトを稼ぎまくっている柚原一家の身の振り方には気を配らなければならないだろうが、それ以外に関しては、結構割り切っている重彦であった。

「何にせよ、あんにゃろうが戻ってくるまでは持ち堪えなけりゃな。その為には手を打たねぇといかん」
「……ですね。では、そのように準備します」
「おーう、頼むぜ」

 機銃郎を見送って、一人鍛冶場に残った重彦は、なおも思案に耽り続ける。

 こうして、種子島の反攻作戦は決定されたのであった。





 さて。一方の織田はと言えば。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません……。この織田家の大事な時に力になれないとは……」
「いや、五十六ちゃんの体の方が大事だ。後は俺様に任せて、ちゃんと怪我を治すんだぞ」
「……お気遣いありがとうございます」

 織田の後方拠点にて響く馬鹿笑いは勿論ランスの物であり、傍らで肩に包帯を巻いた格好で担架に乗せられているのは山本五十六であった。
 五十六は、元は足利家に屈服させられた小大名の娘であり、家の跡継ぎである弟を人質にとられて扱き使われていたのだが、織田家が足利家を滅ぼした際に織田の部下となったのである。
 弟は既に足利に殺されていたため、山本家再興のため、結婚して子を産み育てる事を目的としており。そんな彼女にランスが手を伸ばさないはずがなかった。
 子供が欲しいなら俺様が、と平常運転。基本的には押せ押せ、時折やらせのピンチを救って見せたりとアプローチを続け。何だかんだであと一押し、というところまで迫っていたりする。
 ランスと接点が少ない成章には理解出来ないかもしれないが、ランスには不思議な魅力があり、その破天荒な行動も好意的に受け止められる事も多いのである。
 実のところ、最近織田が主力を温存していたのには、この辺りに理由があったりする。

 切っ掛けは、柚美の首狩り戦術だった。
 これまでも名のある武将、指揮官は手柄であるために狙われる事が良くあったので、当初は流れ弾が当たったのだろう、運がなかったのだろうとされていた。
 しかし一戦する毎に必ず一人は死傷するという事態は流石に異常であるし、遺体の検分を行ううちに流れ弾ではないという事も明らかになり、指揮官を専門に狙う狙撃手がいるのではないか? となった矢先に、五十六が狙撃され負傷するという事態が発生した。
 この事態にいち早く反応したのはランスであった。それ以前にも女性武将が死傷するケースはあったのだが、自分のお手付きやお気に入りが含まれておらず、また男性武将の被害の方が圧倒的に多かったためか、ランスも勿体ないと憤りつつもそれほど気にしてはいなかった。
 しかし武将が優先的に狙われておりその死亡率も高く、更に狙っている最中の五十六が負傷した事が知れると、お気に入りの女性武将を後方に下げてしまった。
 ランスにしてみれば、この程度の戦いで俺様の女達が怪我するなんて馬鹿らしい、といったところであろうか。

「くそ、そこまで強いって言う訳じゃないのにめんどくさいな」

 恐縮しながら後方へ護送されていく五十六を見送って、ランスは不愉快げに鼻を鳴らす。
 戦ってみての手応えや、部下たちの言葉から判断して、ランスは種子島は弱い、と確信していた。
 確かに集中された鉄砲の火力は眼を見張るものがあるし、首狩り戦術は鬱陶しい事この上ない。
 だがその程度でしかないのだ。鉄砲にしても、リーザスの支援を受けたチューリップの集中運用に比べればどうという事はないし、絶対数も足りていない。首狩り戦術も、トップクラスの将を投入すれば動揺も抑えられるし、そもそも、その狙撃にしてみても――。

「そんなランスに朗報でござるよ」
「おう、戻ったか」

 どこからともなく現れたのは、JAPAN最強のくのいち、鈴女である。
 そう、鈴女。最強のくのいち。彼女さえいれば、狙撃も恐るるに足りない、とランスは確信していた。実際、鈴女は(それとは知らずとも)三八式歩兵銃というこの時代の銃とは隔絶した性能の銃の狙撃を弾いてみせた実績がある。いかに柚美の箒星が名銃であっても、鈴女の守りを抜く事はかなうまい。
 それにもう一つ、鈴女の存在がもたらす利点がある。

「次の合戦で、ドカンと一発反撃に出るみたいでござるよ。なんか懐事情がカツカツで、勝負かけないと破産しちゃうみたいでござる」
「ほほう」

 それがこれ、忍びとしての圧倒的の技量である。彼女にかかれば、さして優秀な忍びを抱えているわけでもない種子島家の作戦や経済状況は筒抜けであった。
 ことに乾坤一擲を狙う種子島にとっては、始まる前から作戦が頓挫してしまったようなものであった。

「それはいいな。この際だから、鬱陶しい狙撃手もまとめて一網打尽にしてしまおう」
「どうするでござるか?」
「それはこれから考える」
「行き当たりばったりでござるなぁ」

 しかし、それでも事をなせるのならば――それは英傑と呼ぶに相応しいのではないだろうか?





「異人の野郎が出陣するだとぉ?」

 その情報が届いた時、重彦は出陣準備を進めている最中だった。
 主力を根こそぎ動員した全力出撃である。必然、必要となる物資も膨大な量となる。それだけの規模の輸送計画を構築出来る人材は限られており、重彦は万全を期すために自らそれを行っていた。

「確かだろうな?」
「複数の線からの報告ですからな、間違いないでしょう。それに、総大将直々の出陣は理に適っておりましょう」

 士気の低下には、成る程将が出張るのが一番いい。それが総大将ともなれば。

「――だが、好都合だな」

 ――好都合すぎやしないか?

 脳裏を掠めた警戒心の囁きを、重彦は努めて無視した。どの道打って出なければ衰弱死を待つばかり。なれば死中だったとしてもそこに活路を見出すしかない。
 戦略面で勝負するはずだったのに、いつの間にかこちらが戦術面で勝負しなければならなくなっている。

「……ま、やるしかねぇな」
「ええ。この機会、逃すわけには」
「目に物見せてやりましょう」

 思わず漏れた言葉に反応し気勢を上げる部下たちを、重彦は咎めなかった。

 決戦、そして決着の時は、すぐそこに迫っていた。





――そして、いざ決戦の時。
 織田方は総大将であるランスが直々に出陣する気の入れようである。脇を固める武将こそ、どこぞのたくあんだとか蜂須賀何某だとか、一線級とは言い切れぬところがあったが、それでも総兵力六千を優に超える軍勢である。
 迎え撃つは種子島、こちらも種子島重彦が出陣。他にも南部機銃郎ら重臣も根こそぎ参戦する総動員である。装備も最新、最良の物を投入し、総兵力は五千を数える。
 双方合わせて一万を超える兵力がぶつかり合う、大戦。ことに国体の存続に係わる種子島にしてみれば、まさに国の興廃この一戦にあり、といったところであろう。
 そして、その鍵を握るのは一人の少女であった。

 柚原柚美は、両軍が集結する五日前から既に開戦予定地に入り、狙撃ポイントを定めていた。
 ランスの狙撃が作戦の根幹をなす以上、狙撃ポイントの選択は重要である。がしかし、種子島が狙撃を多用している事は既に知れているので、着陣してから狙撃ポイントを探そうものなら、織田忍軍によってあっという間に狩り出されてしまうだろう。
 なので、あらかじめ狙撃ポイントを定め、身体を泥に浸し、土と草を被り、そのまま狙撃のチャンスを待ち続けるという賭けに出た。
 五日間、僅かな身動ぎ以外を封じ、口元に固定した竹筒から砂糖と塩を混ぜた水のみを啜り、小便も垂れ流すまま、ひたすらに待ち続けた。
 必ず重彦が戦場を誘導し、狙撃のチャンスをもたらしてくれると信じて、ただひたすらに。

 そして、果たして。
 小競り合いや限定的な焦土作戦を繰り返して。種子島家はどうにか柚美の狙撃が可能な範囲にランスを着陣させる事に成功したのであった。



「さぁて……こっからが勝負どころだなぁ」

 さっきと喧騒に満ちた種子島本陣。危険な戦場にあって、ある意味一番安全なその場所で、重彦は思う。
 総大将の自分が、戦場とはいえ未だ衣服に大した汚れもなく、兵糧もきちんと食えている中で、未だ恋すら知らないだろううら若い乙女が、文字通り泥濘に身を浸している事実を。

「……ここまでさせて負けちゃあ、シスコン兄貴に殺されちまうからなぁ」
「ですな。……勝っても鉛玉の一つぐらいは飛んできそうですが」
「おいおい、それくらいは甘んじて受けてやらねぇと」
「いえ、それ死んでしまいますから」

 それは過度の緊張を解きほぐす軽口であり、勝って、生きて帰るぞという決意である。

「……よーし、ぼちぼちやるぞっ。今日ばっかりは大盤振る舞いだ!」
『おうっ!!!』

 足軽隊が守りを固め、鉄砲隊が筒先を揃える。その筒先、織田の前衛が、射撃に備えながらじりじりと近づいてきている。
 そして、ついに射程距離に収まると――重彦の怒号が轟いた。

「ぶっぱなせ!!!」

 その声に弾かれたように駆けだした雲霞の如く迫る織田軍を、豪雨の如き鉛玉が迎え撃った。



 ――遠く、音が聞こえる。

 本来ならば雷鳴のように耳をつんざいただろうそれは、柚美には水の中で聞くようにしか届かなかった。

「(……おと……。……ききなれたてっぽうのおと……。……いくさの音……)」

 五日間に及ぶ待ち伏せに耐えるため、そして偽装に完璧を期すために最低限に留められていた思考が、少しずつ蘇る。
 身体はひとりでに人差し指の動作――すなわち引き金を引き絞る動作を確認している。

「(指……ちゃんと動く……。あとは……まるで石みたい……。でもそれでいい……。私は石……だから動かない……)」

 だから、動かすのは視線だけでいい。ピントは努めて遠くに合わせていたから、遠方を見るのに支障はない。

「(発砲音……聞こえ始めたのはついさっきから……だから戦は始まったばかり……のはず。慌てず……コンディションを整えないと……)」

 口元の竹筒を強く啜り、僅かに残っていた水で沈殿していた砂糖を摂取する。頭を回すには甘いもの。兄の言葉が脳裏を掠める。僅かに力が湧き出た気がした。

「(合戦場は……射程内。重彦様はやって下さった……。あとは、私が……)」

 風向き、天気、湿気、その他諸々を確認しながら思考を回す。糖分が脳に回り、必要なだけ頭が回転するようになってから、改めて柚美は戦場を見据える。

「(戦況は……ややこちら種子島が不利。織田の前衛にかなり消耗を強いてはいるみたいだけど……崩れない)」

 その辺り、大陸で戦ってきたとかいう異人の実力なのだろうか……と柚美は考えたが然に非ず。後方から逃げるな戦えと発破をかけ続けるランス本隊が督戦隊の役割を果たしているのである。
 とは言え、どちらであったとしても、織田の前衛を崩せていないというのが現実。今はまだ火力も維持できているが、長引き過ぎれば気力体力以上に残弾数という明確な限界がある種子島は苦しくなる。やはり状況の打破には、柚美の狙撃が必要であった。

「(……でも、焦らない。チャンスは一度っきり、失敗は許されない……)」

 ちら、と構えたままの愛銃に視線を向ける。箒星は火縄が湿気てしまわないように徹底的な乾燥と密閉を施したため、再装填が出来なくなってしまっていた。
 故に、チャンスは一度きり。

「(……でも、それは関係ない。何故なら私は外さないから。私が、父様と兄様の銃で撃つ。だから命中する。だから緊張もしない)」

 だから、柚美は待ち続ける。ともすれば焦りそうになる心と体を、意志の力で抑えながら。



 そして、その時はやってくる。

「弾込め急げぇ! 巫女は足軽を持たせる事だけ考えてろ!」

 それは、重彦が声を嗄らして味方を鼓舞していた時で。

「こらぁああ! 逃げるな戦えー!」

 それは、ランスが前線の足軽を怒鳴りつけていた時で。

「ら、ランス様、も、もうちょっと隠れていた方が……はらはら」

 それは、シィルがはらはらしながら主人を案じた時で。

「んー、全然殺気が見当たらないでござるなぁ」

 それは、護衛の鈴女が狙撃手の殺気を探していた時で。

「―――」

 それは、霜が降りるように引き金が引かれた時だった。



 何故その時であったのかは、柚美自身にもわからない。
 もっと前から照準にランスの姿を捉えてはいた。だが、指は動かなかった。だから柚美は待ったのだ。
 ただその時は、ランスが怒鳴りながらカオスを振り回していたのが目についたからか、隙に見えたからか。細かい事はわからないが、気が付けば指は動き、引き金は引かれ、銃弾は放たれたのだ。

 そこに必中の念はなく、必殺の意思もない。水が高きから低きへ流れるように、撃った本人である柚美でさえも射撃の反動と轟音で我に返るほど自然に放たれた、まさに奇跡の一射。
 だからこそ、ランス自身は勿論、鈴女にも察知される事はない。
 音を置き去りにする速さで放たれた弾丸は、当たり前のようにランスの米神へと吸い込まれていく。

「――――あ。あたる」

 そう柚美が漠然と、しかし確信を以て呟いた瞬間だった。



 ――黒塗りの刃が、煌めいて。柚美の、種子島の一縷の望みを切り裂いたのは。

「っ! やー、危なかったでござるなぁランス。さすがに今のはぎりぎりだったでござるよ」

 紙一重というのも生ぬるい際どさで、しかし確かにくないで弾丸を防いで見せる。そんな事が出来るのはきっと彼女だけだったろう。

「鈴女さん!?」
「へ……うあちっ!? なんか熱いぞっ!?」
「あー、ランス、ごめんでござる。ぎりぎりで弾いたから頬っぺたかすっちゃったでござる」
「ら、ランス様、今冷やしますねっ。ひえろひえろー」
「いててて……。くそ、お前でも撃たれるまでわからなかったのか?」
「うい。殺気が全然なかったでござるからなー。だからもう、こっそりランスの傍に潜んでて、後は勘で防いだでござる」
「なんて奴だ……」
「いやー、今回は撃った方が凄かったでござるよ。それよりランス、作戦はいいんでござるか?」
「おっと、忘れるところだった。お前もわかったのか?」
「うい、方向はばっちりでござるよ。それに……もう向かってるでござるよ」
「そうか。では作戦開始だ。きっちり仕返しはさせてもらうぞ、がははははは!」





「……………………失敗、した……」

 ぐらり、柚美の身体がよろめく。
 五日間に及ぶ潜伏、極度の緊張と集中は、柚美の気力体力を殆ど奪っていた。
 いや、それだけならば、耐えられただろう。
 年若いとはいえ、少女は兵士であったし、なによりも帰還しなければ家族に会えない。
 だから本来なら動けたはずだった。

「……く、うっ……」

 しかし、動けない。柚美は動けない。
 かつてない、そしてきっとこれからもないだろう、最高の射撃。それを阻まれて。
 重彦たちが必死になってお膳立てしてくれた最大最後の機会。それをふいにして。

 その衝撃が、少女の心を打ちぬいて、少女の体を縛るのだ。

「……あ」

 そして半ば忘我する柚美の視線の先で。何故か、織田の軍勢が崩れ始める。
 異人が死んだ? いいや、そんな筈はない。柚美はそれを誰よりも理解している。
 ならば何故、織田の軍勢はあれよという間に崩れていくのか。
 その答えはすぐに示される。

柚美がやったぞ・・・・・・・! 大盤振る舞いだ、叩きのめすぞお!」

 重彦の、歓喜に満ちた号令。湧き上がる鬨の声、奮い立つ士気。
 それとは裏腹に、柚美は凍りついた。

「……駄目、駄目なの。……だって、私、失敗したから……」

 そう、失敗した。なのに織田は撤退した。だから重彦様は、私が成功したと思い込んでしまった!

「駄目……駄目! 嵌められてる!」

 自失が、恐慌で相殺されて。血を吐くような悲鳴は、けれど掠れて届かない。猛る種子島兵の声に消されて届かない。

「駄目……待って、行っちゃ駄目……! みんな、みんな帰ってこれない……!」

 萎えた手足を心で補い、萎えた心を恐怖で支え。這うように、いいや文字通り這いつくばりながら。

「知らせないと……逃げないと……!」

 追った先ではきっと、織田の精鋭が待ち受けているのだろう。
 必死に耐えて、やっとつかんだと思った反撃の機会がまやかしだったと知ったら、一体どれほどの人が膝を折らずにいれるだろう。
 そうなれば、きっと戦いにすらならないだろう。
 だから、動けこの足。動けこの腕。
 知らせて、逃げて、そして、私は、兄様と、義姉様と――。



「気は……進まないけど。……ごめんね」

 声と同時に、首筋に衝撃。
 あっという間に落ちていく意識の、最後の一欠けらが。
 視界の端で、赤い忍者装束を捉えた気がした。





「ごめんなさい……兄……様……」

 

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(c)Ryuya Kose 2005