- k a r e s a n s u i -

憑依老人は小銃Tueeeee!の夢を見るか

 二度目のMAZOへの道中は、道にも慣れた事もあって軽快に……とはいかなんだ。

 負け戦の後で雰囲気が重いというのも、もちろんある。
 包囲網を敷いて、さあこれからだというところで頓挫したんだからそりゃあショックも大きい訳で。
 儂らの都合でいえば、丹波への帰還が相当に難しくなってしまったのが問題じゃ。
 上杉領から丹波に戻るには、テキサスと京、この二ヵ所の織田領を通過しなければならん。京だけでもハニーを唆して騒動を起こさねば覚束なかったというに、テキサスまで加わるとなると、もう、ね。同じ手も使えんじゃろうし。
 更に言えば、丹波種子島の将来が非常に暗いというのも追い打ちをかける。
 明石の時といい今回といい。織田の軍事行動を種子島家が阻んでいるというのは、凄腕の忍びがいる事を考えれば最早露見しているじゃろう。
 そして織田家と種子島家の国力の差は隔絶しておる。織田家にしてみれば、次の標的を種子島家にするのは極々自然な流れじゃろう。
 それだけでも気が重いというのに、更に気掛かりな事がもう一つ。
 戦えば、種子島家は善戦こそすれ、敗北する事は免れまい。
 そして織田家――正確には、あのランスが。敗北した国の女衆に一体何をしたか。もし、ランスの恨みをかっておる儂の妹である柚美が虜囚の身となれば……?

「……鬱だ死n「そしたら私も道連れですからね?」ぬわけにはいかんなぁ」

 いかんいかん、危ないところじゃった。こんな程度でへこたれておっては靖国の英霊たちに顔向けできんな。
 ……何よりこの場には、儂よりももっと傷ついた人がおるわけじゃし。

「………」

 その名の通り、雪のように美しいと称された肌は、美しいを通り越して既に病的なそれ。目の周りには隈が見て取れる。
 何よりも、その慈愛に満ちていたはずの瞳が、なんちゅーか、死んでおるわい。
 しかしまあ……無理もないかのぉ。故国は滅び、麻耶の説得と父の遺言に従って心ならずも国を脱して、幾ばくもしないうちに、己を除いた朝倉の族滅の報が聞こえてきたわけじゃし。

「………」

 うん、ハイライト消えとりますがな。
 なんかこう、実に見覚え身に覚えのある姿じゃわい。

 あの日あの時、聞き取りにくいラジオからの御言葉。その意味を理解した時の虚脱。
 思い出すのぉ……。

「……旦那様?」
「ん……いや、な。ひょっとしたら儂の方が適任じゃったのかも知れんと思ってな」
「???」
「まあ、こっちの話じゃ」

 濁しながら歩を進めて、雪姫殿の隣に並ぶ。
 なんというか、こればっかりはSEKKYOUしても意味はないんじゃよね。どんな言葉を掛けたところで、どう処理するかは当人次第。
 どうにか飲み込んで乗り越えるも、一切合財を他に擦り付けるも、ン十年間嘆き続けるも、開き直って謝罪と賠償を延々要求し続けるも――まあいい気はしないものも交じってはおるが、当人の選択でしかないんじゃ。
 じゃが、今の雪姫殿は見るからによくない。ショックを受けているのはいいとして、こう、内に内にと溜め込んでいるのが実によくない。
 内側でひたすらに憎悪を煮詰めておるのかも知れんが、それはそれでよくない。
 儂らには、義景公から雪姫殿を託されたんじゃ。打ちひしがれるのは致し方ないとして、その後立ち上がる手伝いはせねばならんし、憎悪に駆られて魔道に落ちるのを傍観するなぞ以ての外じゃ。

「――ぁ」

 ぽむ、と頭に手を置く。
 僅かな声が雪姫殿から漏れるが、言葉は返さない。
 ただ、父が娘にやるように。骨ばった武骨な手で、不器用に撫でてやる。
 亡父を思い起こさせて余計に追い詰めるかもしれん。馴れ馴れしいと跳ね除けられるかもしれん。
 じゃが、それでも、溜め込んで溜め込んで、破裂してしまうよりずっといい。
 きっと、たった一人で逃げとるんじゃったら、変な化学変化起こしてそうなっておったんじゃろうが。
 じゃが、そうではない。今は儂も麻耶も、火鉢も草津もおる。

「……ふふ、後で覚えてて下さいね、旦那様」
「………」
「……まねする」

 麻耶が右手を取り、火鉢がおずおずと左手を取る。そして草津は背伸びをして頭をぺしぺしと叩く。

「―――」

 呆けたようにされるがままの雪姫殿。
 儂らも黙ったまま、ゆっくりと静かに繰り返す。



「……っ、……ぅ」
「………」
「……っ……父上っ……」
「………」
「……っあ……うぁあああああああっ! ぁぁああああああっ!」

 ……ん。雨が、降ってきたのぉ……。
 鉄砲屋としてはあれじゃが。この雨ばかりは、の……。





「……すんっ。申し訳ありませんでした。見苦しいところをお見せして……」
「美人はどんな表情でも絵になるから問題なし」
「じゃな。……それこそ、思い詰めた暗い表情を見ているよりかは、余程、ですな」

 ……ん、軽口に言葉を返す事はできずとも、苦笑いを浮かべる事はできるくらいには、じゃな。
 あいにく儂には撫でポスキルは備わっておらんからのぉ。一時的に吐き出したとはいえ、処理できたわけでなし。時間を掛けるしかあるまいの。

「……そう、ですね。あのままでいては、何か早まった行動に出ていたかも知れません」
「残念じゃが、早まってどうこうできる相手ではなくなってしまいましたからの。……儂もうかうかしてはおれませぬ。せめて上杉、あわよくば北条を動かさねば……」
「……丹波種子島家、飛び火しますか……?」
「ほぼ間違いなく」

 儂らの事情というのは浅井朝倉を訪れた時に伝えてあるので、当然雪姫殿も知っておる。
 ……ついでに言うと、儂の妹である柚美が国元に残っている事も、ご存じじゃ。
 ……こうして話題を振れば、聡明な雪姫殿の事、儂らが同じ末路を辿ろうとしている事は容易くお察しになるじゃろう。そして姫は儂らに恩義があり、織田に恨みがある。
 あー、うえすぎやほうじょうにはっぱをかけるには、あとひとおしほしいなー(チラッ

「……柚原殿は、これから上杉と交渉なさるのですよね?」
「はい」
「それでしたら、お願いがございます。どうかその場にわたくしも同席させて下さいませ。わたくしは織田に滅ぼされた当事者であり、族滅の憂き目にあった悲劇の姫……。この立場を用いれば、義に篤いと噂の軍神殿はもちろん、他の大名を動かす事は難しくないでしょう」
「……それは、ありがたいですが。よろしいので?」
「はい。……幾らか落ち着いたとはいえ、織田への憎悪が消えたわけではありません。あれは……少なくとも、あの異人は。必ず除かなくてはならない存在です。その為ならば、御輿にでも道化にでもなりましょう。それに……その方が都合がよろしいのでしょう?」

 にこり、って……こりゃ見透かされとるか……。

「……これは、まいりましたな」
「これでも交渉で伸し上がった大名の姫です。この程度、造作もありません。……父上には、到底及びませんけれど」

 あっるぇー、なんか覚醒しとらんかねこの姫様は?
 まあ、ありがたい事には変わりないんじゃが。

「ご助力、忝く」
「……なすべきをなしたいだけです。気になさらないで下さい」

 そのとおり。じゃから、儂の罪悪感なんてお呼びじゃないのでしまっちゃおうねー。
 ……ランスもしまってくれんかのぉ……。





 で、上杉の城にまで辿り着いた儂らを、謙信殿は御自ら出迎えて下さった。

「うん……無事で何より」
「は……。こんな形でこんな早く再びお目にかかろうとは、思いませなんだ。あれだけ自信たっぷりぶちあげておきながらこの結果。目論みが甘すぎましたかな……」
「いや……。切っ掛けはあの地震だ。柚原殿の責ではないだろう」
「なればこそ、余計に口惜しゅうございます……が、これ以上は老人の繰り言ですな。もっと大事な話もありますし、の」

 ま、わかっちゃいても愚痴りたくなるんじゃよ。ま、これ以降は口に出すつもりはないがの。

「(……老人?)」
「……それは、そちらのお方についての話ですか?」

 なにやら考えとるっぽい謙信殿に代わって直江殿が視線と言葉を掛けるのは、儂の斜め後ろにひっそりと控えておった雪姫殿である。

「……お久しぶりでございます、謙信殿。故国も家族も全て失った一人の女でしかないこの身を受け入れて下さった事、感謝の念に堪えません」
「うん……。私は義景公……いや、浅井朝倉そのものには、とても世話になった。その恩義にかけても、そなたの安全は上杉が全力で保証する」

 隣国同士であり、また両国とも決して好戦的ではなかったため、上杉と浅井朝倉の関係は友好的なものじゃったという。
 国主一族同士もそれなりにあり、謙信殿も幼少の砌は義景公に可愛がってもらっていたそうじゃ。
 それに、裏切りの可能性の低い友好的な隣国があったからこそ、上杉の、というか謙信殿の無茶な遠征が可能であった、という側面は否めないじゃろう。
 とにかくどう転んでも雪姫殿が上杉において無体な扱いを受ける事はあり得ないっちゅーこっちゃな。

「ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですが……わたくしを反織田の旗頭としてお役立て下さいませ。きっとお役に立ちましょう」
「む……」
「謙信殿の評判といい、女性主体の国体といい。上杉は最早動かざるを得ない。違いますか?」

 うん、ズバッと切り込んだのぉ。直江殿のおでこ……じゃない、眉間にしわ寄っとるわい。

「国の、一族の敵という個人としての理由もそうですが……。アレは、このJAPANの秩序を破壊する存在です。例え私情に基づこうとも、公の正義によって織田を……少なくともランスを討たねばならない事に間違いはないと、わたくしは確信しています」
「……合わせて、儂からもお願いいたす。包囲網の構築が一旦頓挫し、また種子島家の介入が露見した今、丹波種子島の命運は風前の灯火。最早なりふり構ってはおれませぬ。雪姫殿を旗印として早急に上杉と北条を動かして丹波侵攻を阻止し、織田を滅ぼす。これしかないと存ずる」
「私からも一つ。……ランスは女好きだから、謙信様はほぼ間違いなくロックオン対象。雪姫がいる事も遠からず露見するだろうし、そうなれば向こうから攻めてくる。どのみち戦うんだから、せめて主導権は握った方がいいんじゃね、っていう」
「……はぁ。謙信様?」
「うん……。どのみち、捨て置くわけにはいかなかった」

 ほ。それはつまり。

「これまでの織田の蛮行、許し難し。上杉は北条と協調し、本格的に織田と敵対する事に決まった」
「もちろん武田を無視するわけにはいきませんから、その辺りは北条とよく話し合わねばなりませんけど。織田との開戦は、決定事項ですね」

 ……ほ。この段階で儂らに対して明言したとなると……もう北条と交渉は始まっとるとみていいかのぉ? 浅井朝倉の災害救助隊への攻撃、この辺りで決断したとみるのが妥当か……。
 ともあれ。浅井朝倉や、これまで織田と交戦した国には悪いが……こっからが勝負どころじゃな。北条と上杉は、間違いなくJAPANでも上位に入る強国。これを相手にすれば、如何な織田とてこれまでのようにはいくまい。……いや、油断とかじゃなくて純然たる事実、だからフラグじゃないよ! 本当じゃよ! 実際、織田も戦に次ぐ戦、軍拡に次ぐ軍拡と、国内にそれほど余裕があるわけではあるまいし。

「それは何よりの報せ。その暁には、儂もその先陣に加えていただきたく存ずる」
「わたくしは戦場にては役に立てませんが……後方での働きにて、必ずお役に立ちましょう」
「……うむ。二人の気持ちは受け取った。その時には、力を借りる事になるだろう。よろしくお願いする」

 政略・戦略面では優位に立っとるのは間違いないんじゃ。そこに謙信殿という戦術面で突出しとる要素が入るんじゃ……これで何とかなる……と思いたいのぉ。

 その後は、逃避行の疲れを癒すために、提供された部屋でゆっくりし、翌日から遠征軍の編成などの軍議が行われ、儂らもそれに参加する――というスケジュールが組まれて、解散となった。
 もちろん雪姫殿とは別じゃよ? まああのお方も気丈に振る舞ってはおられたが、どうやら与えられた部屋に着くやいなや、崩れるように眠ってしまわれたらしい。然もありなん。
 かくいう儂らも相応に疲弊しておったから、まあ当然じゃな。


 ……そう。当然であり、妥当だったんじゃ。
 どっかの執務官じゃあないが、ほんと世界はこんなはずじゃない事ばっかりじゃな……。





 払暁。式神を用いた連絡網を介し、長尾虎子のもとに凶報が届く。
 曰く、『織田家、丹波種子島家を急襲。緒戦において織田家が大勝、なおも侵攻は継続中』との事であった。

 

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