- k a r e s a n s u i -

憑依老人は小銃Tueeeee!の夢を見るか

「がはははは、雪姫ちゃん今行くぞー。とー!」

 合戦の火蓋を切ったのは、そんなふざけた言葉じゃった。
 でかい口に見合った大声量。しかし告げられたのは舐めきった言葉。客将である儂ですらイラっと来るんじゃから、宿将のお歴々は腸が煮えくり返る思いじゃろうな。
 国も栄誉も、おそらく死んでいく兵も関係ない。ただ己が色欲のため。
 そんな物のためにこの震災に喘ぐ国に攻め寄せ、地を荒らし兵を殺す。
 一体どういう神経しとるんじゃろうな。

 とは言え。ここは戦場じゃ。言葉も内心も無意味。ただ力で語るのみ。
 現に、浅井朝倉勢の瞋恚の炎に水を注さんと織田の弓隊から矢の雨が降り注ぐ。その勢いたるや、朝倉方の射返すそれとは比べ物にならん。
 むう、あの弓隊、なかなか出来るわい。

 しかし、朝倉方の基本方針は篭城。わざわざ撃って出とるわけではないので、実際の被害はそう大した事はないようじゃな。
 謎の部隊(?)も、足軽勢にがっちりガードされとるから無傷。後衛も、そう大きな被害が出とるわけでもない。

「……ま、そこんとこは向こうさんも承知の上じゃろうがな」

 実際、狙いは直接ダメージを与えるのではなく、前衛の突撃支援じゃろうな。
 実際、見とるうちにもランス隊、乱丸隊が柴田隊のガードを受けつつ突出して来とる。
 流石にあれらの突撃を受けるのは、巧くない。
 じゃから、儂の指示で城門手前に設置した、一寸した防御柵。あれが、まず一つ鍵を握るんじゃが……今まさに、勝家隊の先頭が、吹けば飛ぶような柵に取り付いた!

「この瞬間トラップカード発動! 鉄砲櫓!」

 このカードが発動している間、バトルフィールドに存在する敵部隊は、毎ターンダメージを受ける!
 ……まあ要は対毛利戦でやった事の焼き直しじゃ。違いは櫓からの攻撃なので被害を受け難い事と、櫓である故に数を投入できなかったてんじゃね。
 流石に鉄砲櫓で回廊を形成してあっという間に蒸発させる、なんて手段は時間が足らずに出来なかった。築城技術も足りんかったしの。

「じゃがまあ、それなりに効いとる……かの?」

 鉄砲は、その大音量も武器になるからのぉ。不慣れなところにでかい音を叩きつけられた事もあって、ちょっと浮き足立っとるようじゃな。

「耳が、耳がーーー!?」
「ううう、耳がきーんってしてますっ」
「んー、拙者もこれはちょっとうるさかったでござるよ」

 耳を押さえ、大げさにごろごろと転がるランス。その横で目を回すもこふわ。その隣にいる……あの露出度の高いくのいち。
 今のうちの狙撃は……駄目じゃな。あのくのいち、さりげにがっちりガードしてやがる。なんか凄腕っぽいのぉ……。

「じゃが、チャンスには変わりあるまい!」

 弓矢は警戒しとったじゃろうが、この鉄砲櫓は不意を衝けたらしく、行き足が鈍っとる。
 それを逃すようなぬるい仕込みはしとらんはずじゃぞ麻耶ぁ!

「三段撃ち、撃ち方始めぇええ!」

 それ来た! 四百×三組の破壊力! 旧型鉄砲とは言え、毛利の時とは比べ物にならんぞ!

 ずだだだぁああああああんっ!!!

「ぬぉおおおおおおおお!?」
「ちぃっ!?」
「どわぁあああああ!?」

 む、麻耶の奴、射撃を分けよったか。まあ確かにあの状況でランス隊を狙っても、柴田のガードを抜けるとも思えんからのぉ。
 しかし、これで今回の攻防は決まったかの。あの混乱振りでは次弾装填までに部隊を立て直すのは無理じゃろう。
 となれば後はハメ技、一方的にこっちのターン!
 どうせ優勢に戦えるのは最初のうちだけなんじゃ、今のうちに盛大にやったれぃ!





 ……という感じで、第一波は凌げた訳じゃ。
 あの釣瓶撃ちで織田の前衛は壊乱状態に。
 逃げる織田兵も、踏み止まる訓練された織田兵も、等しく鉛玉をお土産に持たせて冥府へ旅立っていただいたわけじゃな。
 残念ながら、ランスをはじめ名のある武将を討ち取るにはいたらなかったんじゃが、上々の戦果と言えよう。
 お陰で上等な部屋を与えられ、現在そこで休憩中じゃ。

「どうじゃ麻耶、後何回くらい凌げそうじゃ?」
「ん〜、今回程度の規模なら、よくて三回ってトコですかね。まあ要は弾薬がある限りは、って事ですけど」
「つまりはあと三会戦分の弾薬しかない、と」
「そゆ事です。半包囲状態ですから補給も見込めませんからね〜」
「成る程のぉ……」

 ……ま。もとより浅井朝倉は飽くまで交渉窓口としての期待しかされておらなんだ。
 攻められない環境を作る事で防衛をなすのが最上。それが果たせなくなった以上、先は見えておる。
 ……戦術レベルではまず勝てないから戦略・政略で勝負しに行ったんじゃがなぁ……。なんかやってられんがな。

「……延命処置にすぎんっちゅーのがやり切れんが……まだ滅んでもらっちゃあ困るからのぉ」
「外交・調停能力は惜しすぎますからねー。織田のやり口がやり口ですから素直に滅んでやる義理もないわけですし、亡命の可能性も模索して欲しいところです」
「……ま、なんにせよ明日を凌ぎ、明後日を切り抜けてから、じゃな」

 一日でも長く持ち堪え、上杉や北条が動ける状況に繋げないとのぉ……。
 窓の外を見れば……今日は新月じゃったか。天気は悪くないんじゃが……さて、明日の展望も晴れ晴れしいものであって欲しいもんじゃ……。





 ……暗雲立ち込める、という言葉がある。
 先行きが暗くなるとか、不穏な空気になるとか……そんな場合に用いられる表現。
 ……今の浅井朝倉を表現するのにまさに持って来い……! 暗雲立ち込め、今にも雷雨が降り注ぎそうなほど!
 それも、正しく文字通りの意味で、じゃ……。



「……雨、じゃな……」
「雨……ですねぇ……」

 朝起きて、その空気の湿っぽさにげんなりしつつ窓の外を見れば、なんと言う事でしょう。
 ……アーメン(笑)
 ……いや、この場合はジーザス、もしくは南無三かのぉ……。

 昨日まで。昨日まではよかったんじゃ。
 鉄砲櫓は問題なく機能したし、鉄砲そのものの運用も上々。防衛戦というのはどうしても攻められ続ける事になるので士気を保ちにくいが、あれでこちらの士気は軒昂、向こうさんの出鼻を大いに挫く事が出来た。
 ひょっとしたら上杉が立て直して援軍を寄越すまで堪えられるかも、とさえ思えたほどじゃ。

「それが……どうしてこうなった! どうしてこうなった!」

 天はまたしても儂らを裏切った。
 雨の気配。それも大雨のじゃ。
 湿気をたっぷりと含んだ空気は肌にまとわりつき、不快な事この上ない。なんつーか、「ねえ今どんな気持ち? ねえねえ今どんな気持ち?」ってやられてるような気分じゃ。
 金属薬莢の開発に成功していない現状では、鉄砲にとって雨や湿気は天敵じゃ。この湿気は間違いなく火縄への着火を阻害するじゃろう。本格的に降り始めれば、もう射撃武器としては役に立たなくなる。

「……旦那様のおかげで、無用の長物にはならないってのが、唯一の救いですかね」

 ……ま、そんくらいはのぉ。
 未来知識というか……小銃という兵器がこの先どういう進化を続けるのかを儂は知っておるからの。接近戦での弱さを銃剣の装着で改善する、というのはすぐに実行したわけじゃ。
 これである程度は接近戦もこなせるようにはなるじゃろうが……正直、足軽の半分も期待は出来んじゃろな。
 足軽が接近戦での防御に秀でているのは、その槍の間合いの長さが大きい。ところが鉄砲は流石に槍よりも短い。この点だけでも同等の活躍は期待しにくいじゃろう。
 加えて、鉄砲を運用する兵士の問題もある。どっちかというとこっちの問題の方が重大じゃな。
 鉄砲はこれまでの兵器とは運用の仕方がかなり異なる。下手に軍歴の長い者に教え込んで混乱を来たしては不味いので、軍歴の浅い者や新兵を中心に鉄砲隊は構成されておるんじゃな。
 これまでは、それでもよかった。離れたところから、タイミングを合わせて撃つだけだったからの。
 じゃが、もし銃剣を使用するような状況になったならば。
 ……まあ、下手すりゃ恐慌状態になるかも知れんのぉ……。
 というわけで、ぶっちゃけ殆ど詰みじゃ、詰み……と?。

「失礼いたします。柚原殿はいらっしゃいますか?」
「は、おりますぞ。どうぞお入り下され」
「いえ、義景様がお呼びですのでお知らせに。急ぎ、大広間までお越し下され」
「(あー、やっぱ来ましたねー)」
「(そりゃ来るじゃろうよ……)は、承知致しました」

 はあ……やれやれじゃ……。



「戦支度で忙しいところ済みませんな、柚原殿」
「何を仰られますか。公のこなす激務に比べれば、どれほどの事がありましょうや」
「ふふ……その私の努力も、敗戦時に備えたものが殆どとなりつつある……。儘ならぬものですな」
「……全くでございます」

 はあ……と爺二人の溜め息が響く大広間は、儂と義景公の他には誰もおらん。
 織田の攻勢がそろそろ始まりそうだと報告があって、皆そっちに備えとるとの事。公もこれが終われば陣頭指揮を執りに向かうらしい。なんとも精力的な事じゃ。

「……柚原殿」
「は」
「我が浅井朝倉は、負けますかな?」
「……負けるでしょうな」
「………」

 もう一度、深い溜め息。
 己の才覚を駆使しただろう外交戦略が、天災によって一瞬で瓦解してしまったんじゃからのぉ……。
 ……いやはや、あの男自体が天災のようなものじゃな。

「……柚原殿に、一つ頼み事をさせて頂きたいのだが」

 お断りします……と口に出さんかったのは儂の近年稀に見るファインプレイ……ッ!
 なんじゃこれ、絶対面倒事じゃぞ……!?

「浅井朝倉が反織田の姿勢を採るのは、政治的判断などは勿論だが……雪を守りたいというものが、大きな理由を占めるのだよ」

 雪。雪姫。ランスの目的。
 ……なんつーか、義景殿から見えない背中側でだらだら汗が流れとるのがわかるね。もうね、このタイミングでそれを他国の人間に切り出すとかね、もうね。

「もうわかったと思うが……どうか雪を連れてこの国を脱してくれないだろうか。柚原殿の人徳を見込んで、伏してお願いする……」

 ほら来た。ほら来たよ。はいこれダウト! どう見ても死亡フラグ。餌を持ったままで猛獣から逃げろとかどんな罰ゲームじゃ!?

「柚原殿は、先の明石家と毛利家との戦乱においても、直接明石家に乗り込んでいたとも聞く。そして今回も我が浅井朝倉、上杉と直接交渉して人脈もある。その人脈を活かし、雪を連れて上杉へと脱して欲しいのだ」
「No thank you.」
「うん?」
「あ、や、何でもありませぬ。しかし……また難しい事を頼まれますな」

 やっべ、思わず言っちゃった。でも英語だからセフセフ。
 しかし、難しいっちゅーか、無理じゃろこれ。そもそも雪姫自身の意思はどうなんじゃ? まずはそこじゃろJK.

「アレは……恐らく嫌がるだろうな。自分だけが逃げるなど。だが……」

 ふ……とつく溜め息は自嘲の色が濃い。……なんだか一気に老け込んだように見えるのぉ……。

「……愛娘を守ろうとして、結果国に滅亡の危機をもたらしたわけだ。……もはや後戻りは出来んよ。最後まで、私の我が侭で守らせてもらうつもりだ。……多少手荒になっても構わないから、いざとなれば力ずくで連れて行って欲しい。……この手紙に、私の言葉を綴ってあるので、説明する時にはこれを渡してやればいいだろう」
「……既定事項、というわけですな。これでは断れないではないですか。公も人が悪い」

 ……手紙を受け取って懐に仕舞い込む。
 流石にこれを跳ね除けるのは儂には出来んわい。

「……上杉に火種を持ち込む事になるかと思われますが、その辺りは如何なさいますか?」
「うむ。あの義将の事だ、持ち込むまでもなく、既に火は着いていよう。堅物の智慧袋も、我が浅井朝倉が集めた外交情報を見返りに渡せば、嫌とは言うまい」

 成る程の。流石にその辺りはちゃんとしておるか。

「あいわかり申した。御息女は必ずや無事に上杉まで脱出させて御覧に入れます。妻の麻耶と、その護衛を先行させますので、それに同行していただく事にいたします」
「柚原殿は?」
「嫁の貞操もかかって来ますのでな、時間稼ぎをいたします。……別に、ランスを討ち取っても構わんのですかな?」

 にやり、と。まあ作った笑みだとはバレバレじゃろうが、な。

「ふ……ふははっ。ええ、大いに結構ですな。もし叶わずとも、もう一杯でも苦渋を飲ませてやって下され」
「は、お任せあれ」

 ……苦く、懐かしい空気じゃな。七十年ばかり時代を遡った様な気分じゃ……。
 ……しかし感傷に耽るばかりではいかん。まずは為すべきを為さねばな……。

 

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(c)Ryuya Kose 2005