- k a r e s a n s u i -

昏君†無双

 いわゆる【宦官派】の首魁である張譲、趙忠らは、近頃実に不機嫌であった。

 先帝の皇妃であった何皇后、その弟であるところの何進大将軍。
 彼が率いる、いわゆる【反宦官派】とは対立して久しいが、当初張譲らは何進をさして驚異とは看做していなかった。
 かの大将軍閣下は、その下賤な出自が為だろう、政略知略のいろはも知らず、持つのは皇后の弟という立場と、野蛮な暴力のみではないか。
 ……欲望と陰謀渦巻く万魔殿を生き抜いてきた彼らが、何進を自分たちの敵ではないと断じたのも、無理はないとも言えよう。

 しかしながら、状況は彼らの予想とは違う展開を見せた。
 宦官が握る利権とも繋がりのあるはずの袁家、その総領娘らは宦官誅すべしと声高に謳い何進に与し、先の大長秋曹騰の孫である曹操も、何進に近い立ち位置を示したのである。
 挙げ句の果てには、何進が并州くんだりから呼び寄せた田舎者の董卓とやらが、侍中の官職に収まったのである。これは見過ごす事のできない痛恨事であった。

 張譲らが就く中常侍は、皇帝への取次ぎを職務としており、常に皇帝の側近に控えている事になるため皇帝に対して絶大な影響力を有している。
 自分たちに都合のいい人物、情報のみを取次ぐ事で皇帝の耳目を操り、日頃の接触を自分たちのみに制限する事で、依存せざるを得ない状況へと追い込めば、あっという間に傀儡皇帝の出来上がりである。
 宦官の権力の源泉は正にここであり、だからこそ彼らは皇帝に強い影響を与えうる官職を独占し続けてきたのである。

 そして、件の侍中。
 この官職は、中常侍と同じく皇帝直属の機関である侍中府に属し、皇帝の質問に備えて身辺に控え、これに答える官職である。
 こちらも中常侍ほどではないにせよ、皇帝に対して強い影響力を持ち得る。この地位を何進派に奪われたという事は、自分たちの権力の源泉を揺るがす大事態なのである。

 何進の推挙だけならばどうとでもできたのだろうが、この件に関しては何進は珍しく姉であるか皇后を動かすという政治的な働きかけを見せ、また今上帝自身が僅かながらも興味を持ち、賛意を示した事で、人事は決まってしまったのである。
 軍事力はもとより、政治力も強化されつつある何進派。こうなれば、流石の張譲らも動かざるを得なくなってくる。

 なんの、まだまだ政治力では我らの方が上手である。侍中の董の何某にしても、皇帝からの信厚い我らが吹き込めば、如何様にでも出来よう。なんならこの顔合わせの場で、田舎者の無礼さを理由に罷免してもいいだろう……。

 そんな事を考える宦官たちが手薬煉引いて待ち構える謁見の間。
 月たちがこれから乗り込もうというのは、正に敵地と言えるような場所であった。





「よいか、間もなく陛下がご出座される。……まあ田舎者に言うのは酷かも知れないが、精々礼儀には気を配るのだな」

 宦官特有の甲高い声には、たっぷりの毒。生白い肌に細い体躯からは迫力こそ感じられないものの、それでも向けられる敵意は心地よいものであるはずもなく。
 背後に付き従う詠たち四人の存在がなければ、どれほど冷静でいられたかわからない。

「は……ご忠告、痛み入ります」
「……ふんっ」

 言葉はなくとも、自身の背中に伝わる暖かな視線に支えられて、月は至って平静に張譲の言葉を受け流した。



 時は数日遡る。
 月の侍中着任の決定。この重大情報を、彼女らはそれは大きな驚きと、少々の「ま た 何 進 か」という呆れの念と共に受け止めた。
 しかしながら、今回に関しては、その混乱は長続きしなかった。
 光禄勲就任やらで何進のとんでも行動への耐性が出来ていた事もあるが、なにより当の月自身が、この人事を歓迎した事が大きい。
 月は、優しい少女であり、攻よりは守、動よりは静の気質であり、漢王朝の忠実な臣下である。
 そんな彼女であるから、王朝の打破よりもその再生を願い、籠の鳥も同然である今上帝の現状を憂い、その助けとなりたい、と常々思っていた。  そこへ来て、この侍中就任である。
 皇帝の身辺に控え、その問い掛けに答える……。
 その職を、宦官に対する牽制であるとか、虎穴に入らずんば、であるとか。そういった政治上の都合ではなく、ただ皇帝のお力になれる機会である、と純粋に捉えたのは、恐らく月だけであったろう。

「私自身、謀略に長けているわけでもないし、勿論武技に長じているわけでもないから、陛下を巡る政局では、立場以外じゃ詠ちゃんや帝辛さんたちの力にはなれません。でも……だからこそ、私は陛下ご自身の事をまず第一に考える事ができるし、そうしたいって思うんです」

 そして詠や帝辛ならば、その結果を自分たちの、ひいては何進派の利益になるように誘導できるだろう……。
 そう言ってのけられては、これを好機と見た帝辛も危機であると見た詠も苦笑する以外に他はなく。また霞も華雄も、それでこそ月、我らが主と思いを新たにする。

「……いや、これは私も耄碌したか……」

 正しく痛恨である、とばかりに帝辛は顔を顰める。
 脳裏にちらつくのは、第三の眼をかっぴらいて頭から湯気を立ち上らせる畏怖の象徴。
 苦境にある王があり、その下に王佐の資質を持つ者が立とうとしている。だというのに、謀略にばかり頭を巡らしてしまっていては……。

 小刻みに震え始めた帝辛の傍らでは、こちらも詠がどんよりと重たい空気を背負っている。

「そう、ね……。ボクもちょっと洛陽ここの空気に中てられたかしら。結局は陛下を政局の一要素としてしか見れなくなってたわ……」

 そんな事を月が望むはずはないのにね……と詠は消沈しきりである。

「せやかて、賈駆っちはそういう風に難しい事を考えるのが仕事やからな。ウチら武官も、将軍格にもなれば兵を駒として考えなあかんようにならざるを得ん場合も出てくるしな。悩ましいけど、割り切らなあかんやろ」
「うむ……。私などは、頭が回らんからな。詠のような巧く信頼できる指し手に動かされる方がいい結果が出るだろう。それに……」

 華雄はそこで言葉を切って、ぐるりと周囲を見回してみせる。
 詠がその視線を追えば、いつしかお決まりの集合場所となった御史府の一角にある東屋に集った仲間たちの顔。

「例え今の一歩を間違ったとて、次の一歩を違わぬように引き戻してくれる仲間がいるのだ。そう憂う必要もないだろうよ」
「………」

 私などは迷惑掛けっぱなしだがな。なんだ、自覚があったのか。
 ドヤ顔で言い放つ華雄と、正気に戻った帝辛の突っ込みとを他所に、霞が一言。

「賈駆っち、顔、赤いで」
「……うるさいわね」
「ふふ……。詠ちゃん、本当に私たちって果報者だね……」
「……まあ、ね」

 そっぽを向いたままの詠の顔は、やはり赤いままであった。



「後漢帝国第十三代皇帝、劉弁さまご入来!」

 甲高い張譲の声に、月の意識は回想から立ち戻る。既に膝を着き頭を垂れていたので不敬になるような所作はしていなかったが、それでもと月は気を引き締めなおす。

 顔を上げる事は許されていないので見る事は叶わないが、耳に届く衣擦れの音が、皇帝がやって来た事を知らせてくれる。
 麻や綿は勿論、並みの絹でも到底出せないようなその音色。自分たちに比べても上等な服を着ている張譲たち十常侍のそれよりも、更に上等である事が察せられる。

「……董仲穎。面を上げよ。朕に顔を見せてくれ」
「はっ」

 言葉に従い、月は顔を上げ、そして初めて皇帝の顔を見る。

(……ああ)

 それは、恐らくは不敬な事ではあったのだろう。
 この世で最も尊く神聖な存在に対して、哀れみを覚えるなど。
 それでも、月はそう思ってしまう自分を止められなかった。

 その声は細く高く、支配者の威厳というよりは頼りなさを感じさせ。豪奢な衣装の袖や裾から覗く四肢は、折れそうなほどに細く白い。
 そして、自身を見つめる――否、凝視しているその双眸のみが、爛々と危うげな光を放っていた。

「陛下、まだこの者は并州からやってきて間もありません。物の役に立つかどうかもわかりませぬ故、あまり大事は任されぬようお願い申し上げますぞ」
「う、うむ。それもそうか。……だが、これは何進叔父上が推挙した人物なのだから、そうそう無能なわけではないと思うのだが……」
「おお、大将軍殿は政治には疎くあられますのに、政治において陛下をお助けしている我らよりも信用なされるのですか?」
「あ、い、いや! そういうわけでは……ないのだが……」
「然様でございますか、臣は安心致しましたぞ」

(……こんな……これほどまでに……)

 言動の一つ一つに、張譲たち宦官に対する遠慮や恐れが滲み出るさまは、まるで威厳というものが無く。顔色を伺い、己の意思なぞ満足に出せていないのだろう。
 ただ、そうやって内に閉じ込められたモノが、縋るように絡み付いてくる視線に乗っているのだろう。

(……私は、詠ちゃんや帝辛さん、霞さんに華雄さんに助けてもらってここに立っている……。なら、きっと今度は私の番)



「……お、おお。そうだ仲穎よ。職務に就くに当たって、お前とお前の部下たちの事を教えてくれないか。今後どうなるにせよ、朕の身辺に侍る事に違いはないのだからな」

 強く、訴えかけるように劉弁に視線を向けと、おどおどと張譲の顔色を窺っていた劉弁は、これ幸いと水を向ける。
 張譲たちも、お前たちなぞお呼びではないのだとばかりに嘲りと敵意に満ちた視線を向けてくる。

「は……。臣は、確かに上洛して日も浅くはありますが、推挙してくださった大将軍の名を汚さぬよう、非才の身の全てを以て、尽くす所存でございます。きっと張譲どのを驚かせるような働きをして見せましょう」
「ぬ……」

 きっぱりと。張譲たちには視線も向けず、ただ劉弁の目をのみ見つめて。言外に、お前たち宦官なぞ眼中にないと告げるその姿。
 体格などはいい勝負でありながら、この時、堂々とした振る舞いは明らかに劉弁を凌駕していただろう。

「さりとて、一人では手の届く範囲も知れたもの。私を補佐してくれる、頼もしい仲間を紹介いたしましょう。……まず、こちらが賈文和。私の半身にございます」

 漏れ聞こえる悔しそうな声を尻目に、月は自らの片腕たる詠を紹介し、詠もそれに答えようと臆する事なく一歩前に歩み出て。
 そして、月と詠に意識が向けられたその後ろで。霞は悪戯な笑みを浮かべて、華雄と帝辛に目配せしていた。



「……では、次に虎賁中郎将たる張文遠です。彼女は神速将軍として名高く、見事陛下の身辺を守ってご覧に入れるでしょう」

 詠の宦官たちに対する毒を滲ませた自己紹介が終わり、今度は霞の番となる。
 彼女は至って真面目くさった面持ちで、詠に倣って一歩前に出て。
 そして、すうぅうう、と思いっきり息を吸い込んだ。

「ご紹介にあずかりました、姓を張、名を遼、字を文遠と申します! 一介の武人に過ぎぬ身ではありますが、我が武の全てを以て、陛下の龍体をお守りいたします!」

 それはまさに大喝と言ってよい声量であった。
 流石に戦時のそれには届かないが、調練の時に発するそれに等しい声量は、大声というものに縁遠い劉弁や張譲たち――そしてまさかそんな大声が来るとは思ってもいなかった月と詠――の鼓膜を強かに揺さぶった。

「っ〜〜! き、貴様! どういうt「よっしゃ、次頼むで華雄」「うむ、任せろ!」ちょ、ちょっと待たんか!」

 耳を押さえて微妙に涙目の張譲なぞまるでいないかのような遣り取りに、突然の暴挙に目を白黒させていた月と詠も、どういうつもりだという疑念をとりあえずは押し込んで、急いで耳を塞ぐ。
 結果、呆然としている劉弁と、喚き立てようとしている張譲始め宦官達は、哀れ華雄の被害に遭う事になる。

「我が名は華雄! 武しか知らぬ無骨な武辺者ではありますが、身命をとして職務に猪突邁進する事を約束いたします!」
「〜〜っ!!?? み、耳が壊れる!? 貴様ら、声、声が大きいわ!」
「は!? なんと申されましたか!? 調練で大声に慣れてしまっておりまして、虫の羽音のような声では到底聞き取れないのです! 申し訳ありません!」
「ひ、ひぃ!? み、耳が、耳がぁああ!?」

仁王立ち胸を張り、手を後ろ手に組んで腹の底から声を出す霞と華雄。その前で耳を押さえて転げまわる張譲。
 謁見の場にはまるでそぐわぬ滑稽な光景を前に、月と詠は恐れと困惑を露にしており、仕掛け人である帝辛は、流石にしれっとなんでもないような素振りを崩さない。
 さて、勝手知ったる間柄同士でも微妙な反応をせざるを得ないこの状況。
 ならば、人となりを知らず、日々を鬱屈の中に過ごす者には、一体どのように映るのだろうか。、



「……く、くく……」



 その声は細く小さくはあったけれど。聞いた者がそれと知れば、注意を向けないわけにはいかないものであった。
 月ははっとした様に、帝辛は薄く笑みを浮かべて、その音の発生源を見る。
 片手で口元を、片手で腹を押さえ、今にも沸き出んとする衝動を堪えているのは、誰であろう皇帝劉弁であった。



 これは、一体何なのだろうか。
 皇帝劉弁は、半ば停滞した思考の中、考える。
 目の前にいるのは、側近でありながら自身を支配し、即ち中華の地をも支配する十常侍。そして、叔父が新たな側近にと推挙してきた、取るに足らない力しか持たぬはずの、董の何某……そう、董卓とその部下。
 この全てを支配していながら、何の影響力も持てず、傀儡として過ごす日々。
 それを打破する一縷の望みとして、珍しい叔父の推挙に答えはしたが、それは間違いなく十常侍たちの不興を買ったはず。
 ならばこの場であっさり罷免、場合によっては処刑されてしまうかも知れない。
 それを制止するための権力は持っていても、気分を害した十常侍に逆らってまでそれを行使しようという気概は、劉弁は持ち得なかった。

 しかし。ああしかし、眼前ではどうだ?
 自身を縛る宦官は滑稽にも地を転がり、ただ処分を待つだけだったはずの董卓たちは、堂々と立っている。

 これは……そう、これは。
 ……なんと痛快なのだろうか!



「くく……くっ、ははははははははははっ!」



 堪える事既に能わず。
 劉弁自身、数年来記憶にないほどの感情のうねりは、遂に大笑いとなって放たれたのであった。





 さて、月と詠の堂々とした名乗り、霞と華雄の暴挙染みた一芝居、そして劉弁の大笑いと、目まぐるしく場が動いた中でずっと動かずにいた帝辛であるが、霞と華雄の音響攻撃の前に、宦官たちの動きが止まったと見るや、ここぞとばかりに動き出す。
 霞の目配せは、あまりに不甲斐ない劉弁に喝を入れ、また少しばかり宦官をからかってやろう、というものであったが、帝辛はそれを更に利用する事を思い付いていた。  ちらりと霞と華雄に視線を向けて現状維持を任せると、今度は月と詠に目配せをする。
 今の皇帝は、宦官の手中から一時的に逃れており、また腹を抱えて笑う様子から、精神的にも解放されたような心境であろう事は想像に難くない。

 ――今こそが、皇帝本人、或いは劉弁という人間と直に対面する好機である――


 それに気付けば詠の動きは早い。未だ動揺から抜け出せ切れずにいる月の袖を引き、皇帝がただ一人で笑っている様を示せば、これまた月も察しよく帝辛たちの配慮に気付き、意を決して劉弁の前へと進み出る。

「陛下、劉弁陛下におかれましてはご機嫌麗しく。申し遅れましたが、姓を子、名を受、字を仰聞と申します」
「はっ……くくっ。ああ、麗しい、機嫌麗しいとも! まっこと、的を射た言葉である事よな!」
「は……。僭越ながら、お顔の色も、声の張りも、先ほどまでとは比べるまでもなくすっきりとされております」
「うむ……こんな気持ちになったのは何時振りだろう……。この一幕も、これを狙っての事なのだな?」
「御意。田舎者の無作法、平にご容赦を……」
「いや、構わぬ。形だけの礼儀よりも、よほど朕を慮っている事がわかる。礼を言おう。仲穎……いや、董卓よ。お前はよい部下に恵まれているな」

 そういう顔に浮かぶ笑みからも、少し影が取れていた。
 笑う姿から、劉弁が機嫌を損ねていないという事はわかっていたが、あまつさえ僅かながらも憂いを覗いて差し上げる事ができた、というのは、月にとってこの上なく喜ばしい事であった。

「は……。勿体なきお言葉です。……本当に、私には勿体ないくらいの、仲間です」
「仲間、か……そうか……。うん、朕はお前たちの事が気に入った。これからよろしく頼むぞ」
「! ……はい……はいっ!」

 そんな劉弁の言葉に、月が最上級の笑みを浮かべて、波乱だらけの面会は終了したのであった。





「……はあぁ……」

 十常侍たちが落ち着く前にと謁見の間を辞して。更に宮殿を出て人通りの少ない御史府への道に入ったところで、唐突に詠がへたりこむ。

「あ〜、スマンなぁ賈駆っち。びっくりしたやろ」
「びっくりどころじゃないわよっ! 本っ当にっ! 肝が冷えるどころか今更首筋がひんやりしてきたわよ! 斬首的な意味で!」

 その言葉も尤も。
 皇帝を目の前にしてのあの行為、普通は笑われるよりもまず無礼として罰せられる事が先に想像されるだろう。

「だが、ああでもしなければ、陛下の印象に残る事は難しかったのではないか? 月様は控えめな方であるし、陛下もどうやら宦官の言い分には逆らいがたいようだしな」
「それはそうだけど……!」
「まあ、詠にしてみれば、月に危ない橋を渡らせたくなかった、という理由もあるだろうからな。だが……華雄と霞の選択は、きっと必要なものであったと思う」
「む……」

 そう言われて思い出されるのは、生ける死人であった帝辛を無理矢理連れ出した、あの運命の日の事。
 もしあそこで、穏当な手段を続けていれば、今の帝辛はなかった、もしくは相当の時間を必要としただろう事は想像に難くない。

「実体験をもとにした勝算はあったのでな。危ない橋ではあったが、無謀ではなかったろうよ」
「せ、せや。それに結局事は上手く運んだんやし……なぁ?」
「むぅ……。月は? あれでよかったの?」

 確かに済んでしまった事ではあるし、得られた結果を見れば、これ以上言っても仕方がない事ではある。
 小言を言ってやりたい気持ちではあるものの、取り敢えずは月がどう思っているか。詠はそれ次第で矛を収めるか否かを決める事にした。
 そして当の月はといえば、浮かんだ苦笑からして、どう考えているかは瞭然であった。

「うん……。驚きはしたし、どうなっちゃうかちょっと怖くはあったけど……。でも、陛下は笑っていらしたから。あとは私が真面目にお勤めしていけば大丈夫だと思う」
「……月には、尻拭いをさせる事になってしまったな」
「う〜、スマンなぁ月っち……。ウチもきっちり手伝うから、堪忍してな?」
「私も、肉体労働で取り戻すしかできないからな……。存分に扱き使っていただきたく」
「ううん……皆の機転がなかったら、陛下に信用していただくのに、もっと時間が掛かったかも知れないから。気にしないで下さい」
「……ま、月がそれでいいなら。私もこれ以上は文句は言わないわ。……ただし、小言はきっちりと言わせてもらうから、覚悟しときなさいよ!」
「「「……はい」」」



 肩を怒らせる詠に、項垂れる三人。それを見て月がクスクスと笑って……やがて笑い声は伝染して。
 破茶滅茶ながらも順風を得た、董侍中の船出であった。

 

7/28 web拍手での指摘に従い、張譲が張繍となっていたのを修正。
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