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- 人妖小噺 其之二 -

さてさて、場所は変わって畳敷き、和室の卓袱台を間に挟み、少年はじりじりと焦りを感じていた。
畳敷きに正座する事はや三十分。何やら凛とした雰囲気と、奇妙な来訪者の服装に合わせて取り敢えず、と和室に通し正座で座った事が迂闊だったか。慣れない行為に両足が痺れを切らしかけているのは言い得て妙。さりとて今中座するのは憚られると、少年はもぞりもぞりと足をこまめに動かして堪えつつ、目の前にこれまた神妙に正座して沈黙を保っているケモノ座敷童子の言葉を待ち続ける事にした。


 そのまま更に十分が経過する。少年の足の痺れはいよいよ限界、これ以上はどうにも堪えられないというところまで追い詰められていた。一方ケモノ座敷童子達はと言えば、神妙な顔を更に険しくして、ますます中座するのが憚られる様子。
 さてどうする、と思案しようにも痺れの所為でどうにも考えが纏まらない。これは腹を括って中座を申し出るよりないか。そう決断してごくりと唾を飲み、恐る恐る口を開く。
「「「あ、あの……」」」
 何の因果かこの三人、どうやら波長が合うらしくまたしても同時に話を切り出してしまった。
「え、あ、あの、お先にどうぞっ」
「え、いいえっ、そちらからどうぞっ」
 おまけに双方譲り合い。引くに引けないこの状況、いよいよ足も限界だと言うその時に――
「あうぅうううっ、もう限界ぃ〜っ」
 ばたりと畳に倒れ込み、両の足を摩り摩るは狐少女。
「うぅう、ごめんなさい……正座、崩してもいいですか……?」
 涙目で訴えられて、加えて羽の少女も無言で同意。
 蓋を開ければ事は簡単、しかめっ面をしていたのは少年と同様に足の痺れを堪えていたからというわけである。


「うぅ……まだちょっとジンジンする……」
 明け透けに足をすりすり訴える狐少女と、
「情けない事言わない……」
 大人びた物言いをしつつ、もぞもぞと足の落ち着かない鳥少女。
 先程の間の抜けた一件で、緊張感も抜けたのか、彼女らは幾分落ち着きを取り戻した様子。これを機会に、少年は失礼とは思いながらも、さり気なくじっくりとケモノ座敷童子の容姿を観察する事にする。
 
まずは、どこか天然の気が漂う狐少女であるが、何と言っても矢張りその耳と尻尾である。
耳の方は、よく見れば黄色――と言うよりそのまま狐色だが――の髪の毛が耳の形を取っているような、しかしもう一度よく見ればやはり狐耳そのものであるような。本来人間の耳がある場所はと言うと、どうにも髪の毛に隠れて判然としない。
 では尻尾の方はと言えば、これは其の侭尻尾である様子。しかし、そこは矢張り妖怪変化か物の怪か、尻尾は二股に分かれている。九尾の狐云々と言う話があるが、これもどうやらその類の様子。時折ひょこひょこと落ち着き無く揺れ動くのは緊張からか、はたまた好奇心からか。少年が後者を望んでいるのは言うまでも無く。
 顔立ちはと言うと、歳の頃は少年と大差ないだろうか十と一つか二つといった頃に見える。眼はよく狐目だなんだと譬えに出されるような細い物ではなく、寧ろくりんと丸く大きな瞳である。何と言うか全体的に愛らしいというか無邪気と天真爛漫とで構成された顔のよう、草色の着物と相まって、野生動物の写真で元気に跳ね回っている仔狐を擬人化したらきっとこうなるだろうと思わせる。
 さて今度は大人っぽく振舞ってはいるものの、割とあっさり地を出している観のある鳥少女であるが、こちらも眼を惹くのはその背中に畳まれた漆黒の翼。最初に吹いた微かな風は、どうやらこの翼による物らしい。そう言えば、と少年は思い出すが、以前羽毛で首筋をふわりとやられた事があったが、もしその時の羽とこの羽とが同じ物なら、恐ろしく肌触りのいい羽なのだろう。
 顔立ちはと言うと、狐少女と比較すれば更に洗練されたと言うか、可愛いよりも綺麗の方に比重が偏るだろう顔付き。切れ長の目に鼻筋がすっと通っていて、身体の線も細く、加えて漆黒の長髪がどうにも知的さと艶やかさを醸し出すが、先程の足が痺れた際や飛び掛かって来た時など、時折見せる表情や行動に幼さと言うか子供っぽさが垣間見えて、そのギャップがまた可愛らしい。
 
 あまりじろじろと眺めるのも不躾千万、さて、とばかりに息を吐く。
「え……っと、じゃあ、まずは初めまして、かな? 今までちゃんと顔を合わせた事がなかったからね」
「……へ?」
「……は?」
 気の抜けた声を伴って、狐につままれたような狐と豆鉄砲を食ったような鳩ならぬ烏が揃い踏み。いやまて今自分は何か妙な事を口走ったかと寸時焦るも別段思い当たる事もなし。
 そうこう焦って悩んでするうちに、二人――一匹と一羽か?――は片や頬を緩ませて、片や呆れたように笑みを浮かべた。
「あはぁ、まさか普通に挨拶されるとは思わなかったですよぉ」
「……ほんと。期待はしてたけど、ここまで期待通りだなんて思わなかった」
 表情に違いあれど、共に負の感情は見受けられず、寧ろ安心したような様子。その事に少年もまた安心しつつ、けれども状況が飲み込めない。その様子を見取ったか、狐少女は語り出す。
「あ、えっとですねぇ、わたしのお母様から聞いてたんですけど、お母様がちっちゃかった頃に、わたしたちと同じに、人里に降りて行った事があったんだけど、その時は大騒ぎされちゃって大変な目にあっちゃったんだって。だから今回わたしたちが人里に行くって言った時も、すっごい心配してくれたの」
 にぱぁ、と擬音がつかんばかりの表情。その表情に、この者達の他にも座敷童子――その実、物の怪ではあるが――が沢山いるのだという驚きも、すとんと腑に落ちる。もとより少年にとって大切なのは理屈や背景ではなく、今此処にある出会いなのだから、そこまで深く気にしはしなかったろうが。
ともあれ、表情までとは言わないが、声色から色濃く滲む嬉しさを狐少女から引き継いで、今度は烏少女が口を開く。
「今はもう昔と違って神様も仏様も何もない時代だから、止めた方がいい、って。私の母様も同じ事を仰った。でも、それでも私は行きたかった。知りたかった。狐狸の皆に頼んで変化を教えて貰ったり、街で暮らしてる普通の烏(こ)達から話を聞いたり。そうこうしているうちに母様も折れて、色々助言を下さった。いきなり姿を見せるなとか、大人よりは子供の方がいいとか。それでいざ里に下りて見つけたのが――」
 言葉を切って視線を向けて。それで少年は言われずとも知るのだが、けれど今一つ腑に落ちない。
「……でも、どうして僕なの? 何か理由があったの?」
 確かに、この出会いはとても稀有で比類なく喜ばしい事。けれども、仲間達から止められてそれを押し切ってまで下りて来たのだと聞けば、己がそれに見合うほど大それたものとは到底思えぬ。せっかく下りて来てくれたのに失望させてしまいはせぬかと戦々恐々なのである。
 そんな不安を問いに表せば、少女らは何が自慢なのか勿論と胸を張る。
「簡単に言えば……、見えないけれどそこに在るモノを、ちゃんと受け止めてくれていたから」
「そうだねぇ、わたしたちが今までしてきた悪戯を、ただの怪奇だと思わないで、その後ろにいるわたしたちの事を想像したりしてくれたでしょ? いろんな不思議や奇妙を、ちゃんと受け止めてくれるから、わたしたちはあなたに決めたんだぁ」
 にっこりというのはこれを指すのだと触れ回りたくなるような笑顔で狐少女が締めくくる。なにやら随分と気に入られた様子、くすぐったいやら嬉しいやらで、どうにも顔がほころぶのを止められない。
 今まで見てきた、例えば傷だらけの猫とか、血まみれの蛇とか、そういったものの中に、普通の人には見えていないものがいるというのは気付いていたし、それがもとで忌避された経験がある。そんな自分の才能がこの出会いを導いてくれたのだから、今までこれが元で忌避されてきたのも微塵も気にならなくなるというものだ。
「そっか、なんか、嬉しいな」
 素直に気持ちを表して。
「それじゃあ、改めて」
「ん」
「うんっ」
 三者は向き合い居住まいを正す。
「初めまして。僕は里山遥季。これから宜しくね」
「私は御先(みさき)。……えと、不束者ですが、よろしく」
「みさ〜、それちょっと違うよ〜。えっと、わたしはね〜、葛(くず)の芽っていうの。あ、でも呼ぶ時は葛(かず)芽(め)って呼んでくれれば嬉しいな」


 こうして、今の世にして珍しき交友が幕を開けたわけである。
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(c)Ryuya Kose 2005