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永遠のアセリア Another after story 〜The Sword of Karma〜

  帝国軍の奇襲を受け、無視出来ない損害を被った――。
 神剣の共鳴を利用した遠距離通信でラキオス王都に届けられたその第一報は、法王の壁攻略成功の事実に浮かれていた王国軍幕僚の肝を盛大に冷やした。
 エトランジェ二名を含む精強なるマロリガンのスピリット隊を撃破した自信と、怒涛の勢いで大陸の半分を傘下に治めてきた事実は、幕僚たちの胸中に蠢いていた不安とあいまって、一つの幻想を生み出していた。

 ――帝国軍、恐るるに足らず。

 前線のスピリットが聞いたら激怒ではすまないような楽観。
 この大陸に於いて、最も早くスピリットを軍事利用したのも、最も多く、そして長く侵略戦争を経験したのも帝国軍であるというのに。
 否、であるからこそ、そう思い込みたかったのか。

 兎にも角にも、奇襲の一報、そしてエーテルジャンプで後方まで移送されてきたベテランスピリットの怪我の状況は、司令部を大いに震撼させた。

「……そうですか、状況は把握しました」

 ほう、と溜め息を吐いて報告書を脇へ退ける。

「亡くなられた将兵の方には申し訳ないですが、これも幕僚たちにとってはいい薬となったでしょう。彼らの死を、無駄しないようにしなければなりませんね」

 戦没者遺族への対応を指示して、報告に来ていた兵を下がらせて。少し休むと侍従たちに告げて、レスティーナ・ダイ・ラキオスは自室へと下がった。

「侭ならないものですね……」

 奇しくも前線で呟かれた言葉と同じそれを口にするレスティーナ。
 今回の襲撃で受けた被害は、スピリット隊もさる事ながら、人間で構成された正規軍の被害の方が甚大である。他にも糧秣の焼失、士気の大幅低下と、頭を悩ませる事項は数多い。
 そして何より。

「……反体制派が勢いづいてしまいましたね……」

 スピリットの地位向上、同時に負担の分配。
 ごく一部を除いて、人間にとってメリットの――少なくとも短期的には――ないこの政策転換。スピリットの活躍に伴い、スピリットへの感情は良化しているとはいえ……不利益を被るとなれば話は違う。
 また、これまでに人間に被害が生じたのは、帝国所属時のウルカ隊による強襲時。当時の国王を初めとした要人、城内警備の人間が多数殺傷された。その襲撃事件は、向こうから仕掛けてきたものだが、今回は少し事情が違う。少なくとも反体制派にとっては。
 
 ――正規軍に任務を振り分けなければ、人間の被害は抑える事が出来たのではないか。

 痛みを分かち合う。なるほど立派な思想である。しかし、実際にそれを受けるとなると、ましてやレスティーナ主導の“改革”が遠因となっているのなら、反発が生じるのは無理もない。
 
「体制に不安を抱えていては、満足に身動きも取れませんね……」

 まさか、この事態をも視野に入れての襲撃だったのだろうか?
 レスティーナの懸念は尽きず、また処理せねばならない仕事も尽きる事はない。

「正念場、ですね」

 ふんっ、と少々レディらしからぬ声で気合を入れて。レスティーナは再び執務室へと……自分の戦場へと赴いた。





 法王の壁襲撃から二週間。負傷したスピリットのうち、軽症だった三名の回復と、正規軍の補充とを待って、ラキオス軍は進軍を開始した。スピリットの回復だけならもっと早くに進軍する事も出来たが、エーテルジャンプの恩恵に与れない人間で構成される正規軍の再編には、それなりの時間を要した。

 しかし、ラキオスにとって明るい材料もある。
 先日の襲撃で重症を負った三名は一時戦線を離脱する事になったが、補って余りあるのが主力部隊の合流である。
 エトランジェの悠人、「ラキオスの青い牙」ことアセリア、最古参かつ最強の防御を誇り、部隊の副官でもあるエスペリア、幼いながらも驚異的な火力を誇るオルファリル。かつて帝国最強とも謳われ、今はラキオスへと降りその神速の剣閃を以って血路を拓くウルカ。
 部隊の中核をなす彼らがいれば百人力。士気もどうにか持ち直し、これでリレルラエルまで一直線、との意気込みである。
 
 進発してからの戦況は、決して悪くはない。悠人やアセリア、オルファやウルカたちといった古参や悠人の顔なじみが中核をなす部隊は、法王の壁を発ってから散発的に攻撃を仕掛けてきていた敵を、倒せないまでも一蹴して追い返してきていた。
 しかしながら、昼夜を問わず、タイミングも不定期にちまちまと嫌がらせのように仕掛けてくる敵は、肉体的にはともかく、精神的に非常に煩わしいもので。
 一週間以上に渡るそれに痺れを切らした悠人は、エスペリアと相談の上、憂いを払うために一個中隊(四個小隊)を以って追撃をかけた。

 追撃の中隊を率いていたのはウルカ。攻撃は申し分なし、防御に若干の脆弱さはあれども、自身の部隊を率いていた経験があるので、アセリアよりかは余程適任であった。加えて帝国の地理にも明るいとなれば、尚更である。
 部隊編成は、青赤緑黒がそれぞれ四・四・二・二である。編成を攻撃に偏らせ、一気呵成で殲滅しようという形である。

 森の中を行軍しながらウルカは思考する。
 もし。もし仮に、エドネス殿が此度の敵の指揮官であるならば、と。

 都市攻略戦を控えての長距離行軍において、道中での消耗はなんとしても避けたいものである。それを見越して、戦力の逐次投入で疲弊させる、というのはありそうな話ではある。
 しかし、エドネスの部隊に、そんな人員的余裕はないはず。という事は、これまでの襲撃は、リスクを犯さない、本当に嫌がらせの意味しかないのか?

 思考は更に進む。

 彼の人がそんな効率の悪い事をするだろうか? 確かにこちらを精神的に疲弊させ、士気を落とすというのは理に適ってはいる。しかしそれだけでは終わらないはず、絶対に。必ず目論見があるはずだ。そうでなければここまで彼の人が生き残れるはずがない。
 ラキオス軍の到達を遅らせ、その間にリレルラエルの迎撃準備を少しでも整える。それが恐らく与えられた任務だろうが……。

 思考しながらも、前方の木々の陰にちらちらと見える敵スピリットの後姿を逃しはしない。二日目に入った追撃の中で補足した敵影は二。先日の襲撃からエドネス隷下の部隊は一個半中隊規模と推定されている。伏兵がいるはずだ。全力投入も、この際ありうるが――。

 ――そこまで考えた時だった。足元の地面が、追撃部隊の面々諸共に崩れ落ちたのは。

「ッ!?」

 翼あるものはとっさにそれをはためかせ。ない者は奈落――といえるほど深くはないが、穴の底へ。ソコで待ち受けるのは、泥だ。それもただの泥ではない。粒子の細かい土に、水をたっぷりと混ぜ込んだ、深みに嵌ればスピリットといえども、そうやすやすとは抜け出せぬ泥。

「くっ!」

 ウルカの逡巡は一瞬だ。
 どう考えてもこれは罠。そして致死性の罠でなく、拘束型の罠であるならば。

「総員穴から離れよっ!」

 怒号一喝、よくよく訓練された部下は弾かれたように地を蹴り離れ、仲間に未練を残す者は、戸惑いに泥と同じく足を捕らわれ――。


 ――轟、と火箭が地を穿ち眼を焼き耳を叩いた。



「!」

 遠目にも見え聞こえる劫火轟音、ウルカを追撃に派遣し、本隊に休息を取らせていた悠人とエスペリアは、自身の失策にすぐさま気付き歯噛みする。

「くそっ! 囮に釣られたってわけか! 全員で援護に行くぞ!」

 流石に年単位で戦いの場に居続ければ、指揮のいろはは身に付きもしよう。二度目の逐次投入の愚を犯さず、圧倒多数で罠を食い破らんと悠人は命じた。



『か、火力支援よりっ。J‐22の敵追撃部隊の半数を無力化しましたっ』
「止めは刺すな! 救援を誘き寄せる餌にしろ!」
「了解、『止めは刺さず敵救援部隊を集めさせろ』」
『対魔支援より! アイスバニッシャー待機完了、いつでも対応出来るわ!』
『機動突撃より! D‐22トラップの発動を確認いたしましたわっ!』
『か、火力支援より! フレイムシャワーによる飽和攻撃まで後十五ですっ』
「ちっ、移動が早い! 火力支援は照準をF‐21・G‐22へ! 敵進路を限定しろ! 機動突撃は火力支援終了後左翼から攻撃! とにかく東のH及びI‐23のトラップ群に追い込め! 対魔支援は機動突撃の支援に回れ!」
「了解!『火力支援は照準をF‐21・G‐22へ、機動突撃は火力支援終了後左翼から攻撃、対魔支援は機動突撃の支援を!』」

 エドネスは前線で戦う事を厭わない。厭わないが、出る戦場はもちろん選ぶし、最前線で殴り合う事は流石にしない。
 だから大抵は、こうして副官のフィルフィを……正確にはその神剣の共鳴を介して指示を出している。

 以前であればこうはいかなかった。散らばっている小隊、もしくは分隊に飛ばせるような伝令は持ち合わせていないし、エドネス自身が駆けずり回っていては体が持たない。というか、伝令では、秒単位で変化する戦況に、必要な指示が間に合わないのだ。
 もちろん、エドネスも各小隊長、もしくは各作戦行動単位内で最年長となる者に対しては、指揮官教育を施してはいる。
 しかし、スピリットは、言うならば専門家だ。ブルースピリットならば物理攻撃と魔法迎撃魔法、ブラックスピリットは物理攻撃と支援攻撃魔法、レッドスピリットは攻撃魔法、グリーンスピリットは物理防御と支援並びに回復魔法。似通った面はあるが、それでも畑違いの部分は出るし、その面まで指揮に精通しろ、というのは無茶な話だ。付け焼刃でどうにかなるような任務など、回って来はしないのだから。
 故に、これまではウィングハイロゥ持ちの誰かに抱えてもらい、機動力を確保しながら部隊間を飛び回りながら命令を出していた。しかしそれだと当然物理攻撃の要であるブルー、ブラックのスピリットが一名直接戦力として数えられなくなる。
 緻密な作戦行動を求めれば戦力が低下し、戦力を充実させれば作戦行動に支障が出る。
 そのジレンマを打破したのが、神剣の共鳴を利用した遠距離通信だった。

 ラキオスに於いては、天才ヨーティア・リカリオンが高嶺悠人の漏らした携帯電話の話からヒントを得て実用化した。
 しかし、同様の研究は帝国においても行われていた。
 ヨーティアは、帝国の研究者たちを指して、曰く「ボンクラ」と。
 一面に於いてはそうだろう。才覚はヨーティアに遠く及ばず、発想の柔軟性にも欠ける。固定観念からの脱却を出来ずに、ラクロック限界論をまともに直視しようとしなかった。
 しかし、ラキオスにおいて実用化されているという情報を得、それが神剣を利用しているものだという推測も立っていれば、人員と「実験材料」の豊富さに、それなりの優秀さが加われば、実用化はそれほど難しいものではなかった。

 多くの者が長距離通信用の装置として使い始めるこれを、エドネスは近・中距離での指揮伝達用に導入した。数の少なさ、質のばらつきを、緻密な戦術で補うため。
 そしてその結果が、今、精強なるラキオス軍の主力スピリット隊を、僅かではあるが劣勢に押し込むという形で結実していた。

『機動突撃よりッ! 敵部隊をI‐23に押し込みましたわッ!』

 切迫したメルシアードの声。当然だろう、敵部隊の主力のど真ん中で、敵を押し込めるために、前衛組と後方から飛んで来る火球を引き連れて、獅子奮迅しているのだ。数の少なさを支援の魔法で補って、救援にと逸る敵の焦りを利用して、巧み且つ必死に。
 そんな労苦の結晶を、逃せるわけがない。それは副官として控えるフィルフィも同様で。

『「トラップ起動!」』

 唱和した声に数瞬送れて、地中に隠された、多くのマナを湛えたマナ結晶体が砕け散り、大地に刻まれていた術式にマナが満ち……闇色の茨が咲き乱れた。

 アイアンメイデン。
 攻撃力こそ低いものの、対象の攻撃力、防御力、抵抗力を低下させ、麻痺毒に似た効果を強制的に付与させる上に、アイスバニッシャーなどのブルースピリットのバニッシュ魔法では相殺出来ない、とかなり嫌らしい魔法である。ブラックスピリットの多い独立機動遊撃隊の、一つの要である。

 さて、敵の士気を挫くには、殺すのではなく傷つけるのがいいという。殺されれば敵討ちの気勢が高まるが、痛みに呻く姿を延々見せられれば、どうしたって戦意は下がる。
 加えて、仮にここでアポカリプスUを叩き込んだとて、全滅させる事は効果範囲や敵の魔法抵抗力の高さなどから不可能で、反撃を受けるのは必須。母数が圧倒的に少ない上に、補給は絶無なのだから、損害を受けてより苦しいのはエドネスたちの方である。
 なればこそ、無理して止めを刺そうとせず、痛めつけるにとどまり自軍戦力を保持し続けたのだ。
 手筈どおり、とは行かない面も間々ありはしたが、この局面は無事に乗り越えたと判断していいものだろう。

「これでしばらく身動きは取れまい……。退くぞ」
「了解。『各員に通達――』」 
 
 初戦から緒戦にかけてはエドネス隊優勢で状況は進む。これは予想通り且つ予定通りであった。
 ――しかし。





 ラキオス軍が法王の壁から進攻を開始して、早三週間が経過した。
 仮の陣地――と呼べるほどしっかりした物ではないが――でエドネス以下指揮官格が顔を付き合わせている。

 リレルラエル司令部の構想する防衛作戦は、ある種当然ではあるが、リレルラエルにおける陣地防御であり。エドネスたちは陣前消耗・陣内決戦のプロセスにおける陣前消耗を、ただ三個小隊のみで遂行しているわけであるが。

「予想以上に消耗が激しいな……」
「……そう、ですわね。火力支援はおおよそ想定どおりの消耗状況でしょうけれど……。正直、私たち前衛組は想定の二割り増しで消耗していますわ」
「回復魔法の消耗具合もそれに順ずるねぇ。全く、補給出来ないってのが忌々しいったらない」

 三週間が経過してなお、エドネス隊に欠員は生じていない。それ自体は喜ばしい事であり、また賞賛に値するが、しかし戦力は確実に低下している。特に最前線で獅子奮迅を繰り返す機動突撃、メルシアード、イズラ、リリス、ニルギスは消耗著しい。

「……仕方ない、予定を繰り上げよう」
「大丈夫ですかね? なんかいちゃもんつけられたりとかしませんかね?」
「戦場で生き残って、帰還したら敵前逃亡で処刑、なんて事になりましたら笑えませんわね」
「……それは大丈夫だろう。現状で十分にプレッシャーを掛ける事に成功しているし、これ以上刺激して暴発されてもよくない。それに、下手に刺激せずとも回復とトラップへの疑念で行軍速度は低下するだろう。……少なくとも一週間は、時折殺気やらを飛ばして牽制するだけで十分だ。こちらにも余裕は無いしな」
「あたしらは嫌がらせ、止めはリレルラエルのご同輩に丸投げ、てなわけですね」
「それくらいしてもらわんと割に合わんよ」

 基本的に帝国軍は優秀である。一番長く戦争をやっているのは伊達ではないのだ。現状では吐いた溜息で吹き飛ばされそうなリレルラエルの防衛体制も、三週間も経って増援が来れば、それなりの状態になっているはず。普通なら、ぼちぼち帰還してもいい塩梅である。……であるが、普通ではないのがエドネスたちの扱い。この機会に敵諸共死んでくれないだろうか、という魂胆は透けて見えるどころかかなり開けっ広げである。

「死にたくないなら死にそうな目に合い続けていろ、むしろそのまま死ね。と、まあそういうわけだが……生憎と簡単に死んでやるわけにはいかんでなぁ」
「嫌がらせを継続して、敵行軍速度を抑え続ける。ま、やる事自体はそうそう変わらないって事ですね」
「……このまま無事に逃げ切りたいところですわね……」

 なんとも無様な、と三人は顔を見合わせて苦笑する。けれど卑下する色はない。良しにつけ悪しきにつけ、生きてさえいれば可能性は生まれ、可能性があればよりよい未来を目指せるのだから……。





 一方、ラキオス陣営も頭を悩ませていた。リレルラエルを攻略するには、消耗は極力避けたい。しかし度重なる帝国軍の遊撃部隊による襲撃は、確実にラキオス軍の士気と戦力を削ぎ落としていく。

「現在、私たちは法王の壁とリレルラエルの中間地点を過ぎた辺りにいます。行軍速度は敵の遅滞防御の影響を受け、想定より三日ほど遅れており、進捗状況はあまり芳しくありません。各物資、戦力の消耗も想定を一割ほど上回っています。後方を進軍中の正規軍も、被害を恐れて速度を落としていますので、リレルラエル攻略がなっても、その後の統治や改修に支障が出る事は避けられないでしょう」

 エスペリアが語る内容は、押しなべてネガティヴ。本来戦いの主導権は攻撃側にあるものだが、現状では主導権は防御側である帝国に、更に言うなら僅か一個中隊程度の遊撃隊に握られていた。

 過去の戦いにおいて、敵が搦め手を使ってきた事は少ないし、多少の策なら策ごと踏み潰せるだけの勢いと強さを、悠人以下は兼ね備えていた。が、ウルカ隊によるラキオス王都への急襲しかり、悠人の親友、碧光陰が用いた防衛術しかり、一定以上の強さを持つ敵が策謀を使ってきた場合はいずれも苦戦している。

「も〜っ、イライラするなぁ! ねぇパパ、なんとか一気にずばばばーんってやっつけられない?」
「無茶言うなよオルファ……」

 と諌めるものの、心情的に悠人はオルファリルに近しい。
 言うなれば、エドネス隊はラキオス軍にとっての夏の夜の蚊に等しい。叩けば潰れる癖になかなか叩かせない。かといって叩かずに放っておけば、いつまで経っても安眠は訪れず。
 駆け引きや頭脳戦を苦手とする悠人にとって、一番やりにくい戦い方である。

「こんなところでぐずぐずなんかしてられないってのに……」
「ですが、糧秣や装備の消耗は、リレルラエル攻略戦を控えた現状では不安が残ります。僅か一個中隊規模の敵に手玉に取られている現状も、士気の低下に繋がっていますし……」
「しかし、リレルラエルは帝国有数の都市。その防衛力は法王の壁に劣るものではありませぬ故、これ以上時間を与えるわけには参りませぬ」

 憂いを払わんと追撃をしようにも、ウルカが返り討ちにあった前例が二の足を踏ませる。かといってこのままリレルラエルに向かうという選択も、その道中ずっとあの陰湿な攻撃と罠にさらされ続けるのか、という念が士気と行き足を鈍らせる。
 進まなければならないのはわかりきっているのに、それを躊躇わせる。こんな状況を打破し得るのは――やはり選ばれた人間というものなのだろう。

「……オレに、考えがある。レスティーナに連絡を取ろう」





『……成る程。事情はわかりました』

 今やラキオスに欠かせない頭脳となっている、ヨーティア。その彼女に付き従うイオ・ホワイトスピリットの神剣を中継して、悠人はレスティーナにある「お願い」をしていた。
 通常なら女王に直訴するなどそう出来るものではないが……やはり時代に選ばれた者故か、悠人はレスティーナと並ならぬ知己を得ていた。

「悪い、レスティーナ。懐が苦しいのはわかってるんだけど、これしか思いつかなくて……」
『気にしないで下さい。台所事情は確かに苦しいですが、リレルラエルを突破しない事には始まりませんから。……頼りにしますよ、ユート』

 女王陛下から、エトランジェに向けられる信頼の声。遠く離れたラキオス王城では、信頼以上の色を瞳に滲ませるレスティーナの姿があるのだが、それが伝わる事はない。伝わったとて、朴念仁の悠人が気付くかどうか……は、さておき。

「ああ。必ず成功させてやるさ!」

 向けられた信頼には必ず応えようとし、またこれまでずっと応えてきたのが高峰悠人という英雄なのである。
 そしてその英雄の力が、遂にエドネス隊に襲いかかろうとしていた。




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